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「何も2人揃って休暇を取ることはないだろう?」
憮然としながらも楓の普段と変わらない様子にほっとしたのか?史郎は宿舎の食堂でランチの生姜焼き定食をペロリと平らげた。
「兄さんこそ、わざわざ会いにくることでもないのに」
心配だったんだ。と、史郎は小さく呟いた。楓に悟られない様にはしているが、その表情から僕以上に心配だったことが見て取れる。
事の発端を作ってしまったのが、自分の様な気がして申し訳なく感じるが、僕は史郎に連絡を入れずにはいられなかった。
休暇申請を出した後、僕は楓を寝室のベッドまで運び、既に製品化されている睡眠の質の向上を促すアロマスプレーを噴霧した。
普段は物音一つにも敏感な楓が全く目覚める素振りがない。疲労が蓄積していただろうことは理解できるが、それにしても様子が明らかに普段と違い過ぎる。
まさか、このまま上書きした記憶の蓋が開くのではないか?目覚めた時の楓の状態が危ぶまれた僕は、前例の確認を含めて史郎に電話をかけた。
農業地区で副長と打合せ中だった史郎は普段、間違っても電話などかけない僕の名前が着信画面に表示されて血の気が引いたらしく、副長から電話に出るよう促されたそうだ。
副長も楓の事情を知る一人だから、目の前で業務外の言葉使いになる史郎にすぐさま、分身チームの宿舎へ向かうよう言ってくれたそうだ。
僕と史郎は諏訪さん、龍崎さんへの状況説明と記憶の蓋が外れた場合を想定して一時的に楓を深く眠らせる薬剤を準備した。
準備の最中、僕らは始終無言だった。2人して強く願っていたのだと思う。長兄、楓さんの名を口にした楓は、夢を見ていたと目覚めてくれることを。
楓が目覚めたのは眠ってから5時間後。
「私、いつの間に眠ったの?あっ!遅刻!」
と、普段と変わらぬ楓の第一声に僕らは胸を撫で下ろした。
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