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シャッと開いた扉から木々の匂いを含んだ風がふわりと香った。ここが地下空間だとは微塵も感じさせないほど、日の光も月の光も木々のざわめきも匂いも全てに風の里の技術が結集している。
初夏の風景を楽しむ様なゆっくりとした史郎の歩調に合わせて、僕は史郎の背中を見つめた。
夜鏡池の水面を波立たせた風が何とも心地よく感じて、僕は無意識に目を閉じた。
「楓との暮らしはどうだ?」
「へっ?」
思いもしなかった史郎の問いかけに、心地よい風に酔いしれていた僕は素っ頓狂な返事をしてしまった。
「なんだよ?それ?」
「いや、だって、突然に脈絡のないことを・・・・」
脈絡のないこと?そんなこと、史郎は言わない。必ず意図するところがあって、いつだってそれは確信を突いてくる。
「お互いのリズムが掴めてきたと言ったところでしょうか?」
「はっ?お前、楓との生活も研究の一環なのか?」
何が聴きたいんだ?まさか!
「僕から楓を引き離すつもりですか?」
「・・・・」
そういうことか!僕の憶測はどうあれ、楓が長兄の楓さんの名を口にしたことを僕らが認知したのは僕との共同生活を始めてからだ。
「嫌ですよ!僕は楓が抱える荷物の半分を背負うと決めたんだ!史郎も認めてくれたじゃないですか!」
「・・・・」
怒声に近い声を上げた僕の訴えを史郎は黙って聴いていた。
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