拝啓、機械仕掛けの醜い魔女へ

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 名残りの雪が溶けきる前に、彼女の生命は停止した。  その日の空は春隣で、海のように深かったことを覚えている。  魔女みたいな彼女が死ぬには、少し明るすぎる空色だったと思う。 『私が死んだら、君は自由に生きなさい』  彼女の遺言は、今も電子の海を漂っている。  けれど機械の私には、選択する「自由」がない。  いつだって彼女の命令に従い、電力を消費すれば眠る(シャットダウン)。  それだけの生活だった。  そこに自由はなくて、けれど不自由もない。  きっとAIの私にすら演算の追い付かない、彼女だけの演算式が、私の生活を調整してくれていたのだろう。  だから私は、彼女の事を「魔女」と呼んでいた。 『魔女?』  かつて魔女に、そう呼び掛けたことがある。  淡白に、けれど少し面白そうに瞠目した彼女の言葉を、私は今も思い出す。 『おかしな事を言う子だな。私はただの学者さ、魔法なんて使えっこないよ』  あっけらかんと言い放った彼女はもういない。死んでしまった。  治療法の確立された流行り病。  それも、流行が終息しつつある末期に。  医者にかかれば治るであろうとされた彼女は、しかし誰にも会わずに死を選んだ。 『私は、魔女なんだろう……? なら、死なんよ。大丈、夫さ』  彼女の弱い微笑を見て、私は悟った。  どんな言葉も、受け手によっては呪いに変わる。  私が彼女を表した「魔女」と言う言葉は、彼女を少なからず変えてしまったらしい。  ──この世に純度100%の優しさなどありはしない  私を構成する語彙。人間らしさを演出するために組み込まれた、哲学者の言葉を思い出す。 『だから、来なさい。まだ施していないプログラミングがあるんだ』  そう言って、彼女は私にプログラミングを施した。  今になって思えばそれは、ウィルスのようなものだった。  私が彼女にかけた呪いの、仕返しのようなものだったのかもしれない。 『さあ、これで君は完成さ。君には「感情」をプログラムしてある』  痛みと苦しみの中で、けれど満足げに笑うと、彼女は小さく息を吸った。 『私が死んだら、君は自由に生きなさい』  それだけを言い残して、魔女は死んだ。
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