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ゆるり、と頬の筋肉が緩み口角が上がるのが自分でも分かった。
「それで?」
危ない危ない、ここは職場の給湯室。こんな不気味な笑顔を見られたんじゃ色々言われてしまう。
あの氷の女帝、小陽美那が笑ってるのを見たってね。
『いつがいい?』
「いつでもいいわ」
『じゃあ、今夜22時に。あのホテルでいい?』
「えぇ。ありがとう、お金は貴方の口座に振り込んでおくから」
『いいえ、別に。それよりもお姉さん俺も買ってくれない?ずっと』
この子、突然何を言い出すかと思えば。
「悪いわね。感謝はしてるけど、貴方を買う理由がないわ」
『残念。まぁ、お姉さんにならお金を貰わなくても抱かれたいんだけど』
「ごめんなさい。私達の関係はあの1度きりよ」
これから先、会うこともこうして電話もすることもきっとない。紙のように薄っぺらくてお金だけで繋がってた関係。
『ふっ、そういうと思ってた。でもこの前、本当に気持ちよかった』
「プロにそう言って貰えて光栄よ」
それじゃあ、と電話を切ると彼の連絡先を未練なく削除した。
「小陽さんサボってないでさっさと仕事に戻って」
「すみません。すぐに戻ります」
どんなに冷たくされようと、きつく言われようと今日はとても気分がいい。
そのおかげか、言われた仕事はいつもよりスムーズにこなせたし、先輩も文句が言えず悔しそうに唇をかみ締めていた。
定時後、直ぐにホテルに向かいたい所けど、今夜は久しぶりに家族との夕食が待っている。一人暮らしをしてから実家に帰っていなかったから、3年ぶりになるかしら。
「本当、ここも変わらないわね」
3年ぶりの敷地。目の前にはシンメトリーの屋敷に庭。
「おかえりなさいませ、美那お嬢様」
「ただいま」
昔から変わらない使用人に迎えられ、両親が待つ部屋へ向かえば、すでに席に着いている2人。
「お久しぶりです。お父様、お母様」
「たまには顔を見せてって言ってるでしょ?」
「美那、座りなさい」
「はい」
クラシックやジャズが流れるわけでもなく、無駄に広いのに驚くくらい静かな空間。息を吸う音さえ響く。
そんな中、運ばれてきた料理を口にしながら最近の仕事の話や普段の生活はどうだとか聞かれ、何も問題ないと伝えると。
「副社長がお前に気があるらしいな」
「えぇ、ですが私はその気がないのでお断りさせて頂いています」
「そうか。強制はしない、好きにしなさい」
「ありがとうございます」
私の両親は、基本なんでも好きにさせてくれる。やりすぎなければ。
それに昔から、私は私が選んだ人と結婚すると伝えてある。その条件として成績優秀、いい子として過ごしてきた。
「ご馳走様でした」
それじゃあ私はこれで、と腰をあげると「もう行くのか?」と寂しそうな顔をされた。
腕時計に目をやると針は21時前を指している。
「申し訳ありませんが、明日も早いので今日はこれで。また来ます、必ず」
「そうか。じゃあ気をつけて帰りなさい」
「またね、美那」
頭を下げて実家を後にすると、あのホテルへと直行した。
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