≪TU編 01話 -還らざるときはもう戻ってこない- ≫

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 臼井はマスクを外し、タブレットを操作する。 「えーと二週間以内に海外に行ってたり、今、現在風邪の症状だったりはございませんか」 「そんなんまで確認するようになっちまったのか」  はえー。と声を上げて戸石はタブレットを受け取った。 「さっきネットで見たけど、なんか全国の学校を休校にするとかいう話もでてるみたいですね」 「……マジかよ」  戸石はタブレットに指でサインをして、臼井に返す。 「コースは60分ですよね」 「もちろん。ポイントってまだ残ってる?」 「今日の分はまだありますね」 「じゃあ、これで一万円いれておいて」 「ありがとうございます。じゃ、お着替えで。カゴはもう置いてありますから」  戸石は財布から一万円を出して、臼井に手渡し、更衣室に向かう。 「でもよぉ、一体どうなっちまうんだろうな。これから」  戸石は更衣室のカーテンを閉めずに着替え始める。 「ただの風邪じゃないかって話もありますけどね。旅行会社の方とか不動産屋さんとか大変みたいですよ、話を聞くと」  臼井は話をしながら一万円をレジに入れて、タブレットを操作してポイントカードに入金処理を行う。 「そうなのかい?」 「全部、旅行の予定の話、とんだそうです。不動産屋さんは新入学生の入居予定が全部とんだって」 「そんなに!?」 「大学の入学式がどうなるか、わからないって話ですからね。僕らも他人事じゃないですよ。特にマッサージなんかは直に身体を触りますからね」 「おいおい。やめてくれよ」 「まあ僕は毎日、カレーパン食べて予防してるんで平気ですが」 「なんでカレーパン?」  笑いながら戸石は問いかけた。 「ネットでインドの人たちのグループは感染してないって話があって、普段からスパイシーなカレーを食べてるからじゃないかって」 「いやまあ、カレー食ってりゃ風邪ひかないかもしれんけど」 「ま、気休めです」  タブレットの処理を終えた臼井はベッドの支度をする。  戸石は更衣室から出てきて、臼井のベッドに仰向けになる。 「どの辺からいきます?」 「肩、首、腰で」 「了解です」  臼井は大判のタオルを戸石の身体にかけて広げ、手の平で全体を軽くさする。  そして、ハンドタオルを首元にかけて指を当てて、圧をかけ始める。 「力加減、大丈夫ですか」  問いかけに、戸石は指でわっかを作ってOKサインを出す。  臼井は首元から頭の付け根、そこから背中から肩甲骨にかけて手の平で圧をかけていく。 「これ、いつぐらいにおわるのかね」 「なんか夏の前、梅雨明けくらいには終息するんじゃないかって言われてますよね」 「早く終わってほしいよな。春先ってただでさえ稼ぎ時なのにさ。大損害だよ」 「ほんとですよね。自分は夜メインだから影響はまだ少ないですけど」 「ワンオペってやつか。夜中一人でお客さん総取りだもんな」 「会社には人増やせ、夜中に入れろって言い続けてましたけど、こうなるとね」  カランと店の出入り口を開ける鐘の音が響く。 「へっへ~。タクミさーん、きちゃった~」  入ってきたのは夜の接待業と思しき女性の姿。 「マイさん、どうしたんですか」  臼井はちょっと待ってください。と戸石に小さく声をかけて、店に入ってきた女性、マイの元に駆け寄る。 「お客さんに飲まされちゃってさ~。朝まで泊めてぇ?」 「それはいいですけど、今、お客さんいるから」 「え、マジで。仕事中なんだ。ごめんなさい」  急に素面(しらふ)に戻るマイ。 「大丈夫ですよ。奥のベッド使っていいから、早く着替えてください」 「はぁーい」  マイはささっとスニーカーを靴棚に入れて、更衣室に駆け込みカーテンを閉める。 「カゴカゴ」  臼井は荷物入れのカゴを更衣室のカーテンの隙間から差し込む。 「上着は中のハンガーにかけたままで大丈夫です。出てくるときはカーテン閉めて出てくださいね」  臼井の指示にはぁーい。とマイは中から返事をした。
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