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臼井はマスクを外し、タブレットを操作する。
「えーと二週間以内に海外に行ってたり、今、現在風邪の症状だったりはございませんか」
「そんなんまで確認するようになっちまったのか」
はえー。と声を上げて戸石はタブレットを受け取った。
「さっきネットで見たけど、なんか全国の学校を休校にするとかいう話もでてるみたいですね」
「……マジかよ」
戸石はタブレットに指でサインをして、臼井に返す。
「コースは60分ですよね」
「もちろん。ポイントってまだ残ってる?」
「今日の分はまだありますね」
「じゃあ、これで一万円いれておいて」
「ありがとうございます。じゃ、お着替えで。カゴはもう置いてありますから」
戸石は財布から一万円を出して、臼井に手渡し、更衣室に向かう。
「でもよぉ、一体どうなっちまうんだろうな。これから」
戸石は更衣室のカーテンを閉めずに着替え始める。
「ただの風邪じゃないかって話もありますけどね。旅行会社の方とか不動産屋さんとか大変みたいですよ、話を聞くと」
臼井は話をしながら一万円をレジに入れて、タブレットを操作してポイントカードに入金処理を行う。
「そうなのかい?」
「全部、旅行の予定の話、とんだそうです。不動産屋さんは新入学生の入居予定が全部とんだって」
「そんなに!?」
「大学の入学式がどうなるか、わからないって話ですからね。僕らも他人事じゃないですよ。特にマッサージなんかは直に身体を触りますからね」
「おいおい。やめてくれよ」
「まあ僕は毎日、カレーパン食べて予防してるんで平気ですが」
「なんでカレーパン?」
笑いながら戸石は問いかけた。
「ネットでインドの人たちのグループは感染してないって話があって、普段からスパイシーなカレーを食べてるからじゃないかって」
「いやまあ、カレー食ってりゃ風邪ひかないかもしれんけど」
「ま、気休めです」
タブレットの処理を終えた臼井はベッドの支度をする。
戸石は更衣室から出てきて、臼井のベッドに仰向けになる。
「どの辺からいきます?」
「肩、首、腰で」
「了解です」
臼井は大判のタオルを戸石の身体にかけて広げ、手の平で全体を軽くさする。
そして、ハンドタオルを首元にかけて指を当てて、圧をかけ始める。
「力加減、大丈夫ですか」
問いかけに、戸石は指でわっかを作ってOKサインを出す。
臼井は首元から頭の付け根、そこから背中から肩甲骨にかけて手の平で圧をかけていく。
「これ、いつぐらいにおわるのかね」
「なんか夏の前、梅雨明けくらいには終息するんじゃないかって言われてますよね」
「早く終わってほしいよな。春先ってただでさえ稼ぎ時なのにさ。大損害だよ」
「ほんとですよね。自分は夜メインだから影響はまだ少ないですけど」
「ワンオペってやつか。夜中一人でお客さん総取りだもんな」
「会社には人増やせ、夜中に入れろって言い続けてましたけど、こうなるとね」
カランと店の出入り口を開ける鐘の音が響く。
「へっへ~。タクミさーん、きちゃった~」
入ってきたのは夜の接待業と思しき女性の姿。
「マイさん、どうしたんですか」
臼井はちょっと待ってください。と戸石に小さく声をかけて、店に入ってきた女性、マイの元に駆け寄る。
「お客さんに飲まされちゃってさ~。朝まで泊めてぇ?」
「それはいいですけど、今、お客さんいるから」
「え、マジで。仕事中なんだ。ごめんなさい」
急に素面に戻るマイ。
「大丈夫ですよ。奥のベッド使っていいから、早く着替えてください」
「はぁーい」
マイはささっとスニーカーを靴棚に入れて、更衣室に駆け込みカーテンを閉める。
「カゴカゴ」
臼井は荷物入れのカゴを更衣室のカーテンの隙間から差し込む。
「上着は中のハンガーにかけたままで大丈夫です。出てくるときはカーテン閉めて出てくださいね」
臼井の指示にはぁーい。とマイは中から返事をした。
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