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僕の王子さま
彼に連絡をとると、彼の声は僕の勘違いかもしれないけれど弾んでいて、とても嬉しそうに聞こえた。「待ってました」という彼の言葉も社交辞令だと思うのに嬉しかった。
彼の声を聞くだけで心がそわそわとして他の誰とも違う気持ちになって、これが恋なんだと初めての気持ちに戸惑うけれど、少しも嫌ではなかった。
ずっとずっと僕だけの王子さまが迎えに来るのを待っていた。
あの時泣き出してしまいそうな僕に手を差し伸べてくれたのは望月くんだった。
あの時僕は、王子さまが来てくれたって思ったんだ。
*****
待ち合わせ場所に現れた望月くんはやっぱり恰好よくて、僕の『想い』が先走り、口を衝いて出た。
「好き……」
自分が言ってしまった言葉に驚き慌てて口を両手で塞いだ。
どうせ言うつもりだった事だけど、こんなに突然に言ってしまっていいものだろうか、と思うが言ってしまったものはしょうがない。
このまま僕の想いを伝えよう。覚悟を決めて震える声で続ける。
「僕は……望月くんの事が好き、です」
突然の僕の告白に望月くんは真っ黒な瞳を大きく見開いて驚いた様子で、そして綺麗な涙をぽろりと零した。
これにはさすがの僕もびっくりしてしまった。想像していたどれとも違っていたからだ。
「え? あの……っそんなに嫌だった?」
「ち、違いますっ!これは……嬉しく、て……」
望月くんの意外な返事に驚く。嬉しい? 僕の告白が泣く程嬉しいって事?
予想外の事すぎて何も言えないでいると、望月くんは涙を服の袖で乱暴に拭って話し始めた。
「――二年前、駅でおばあさんと困ってた俺の事を最初に助けてくれたのは小津さんです。それから俺、ずっとずっとあなたの事が好きだったんです」
二年前……? 確かにおばあさんと青年が困っていたから声をかけた事はあったけど……。あの子が望月くんだったって事?
あんな些細な事をずっと覚えて?
僕の事をあの時から好きでいてくれた?
望月くんみたいな王子さまが――?
「小津さんは……覚えていませんか……?」
まっすぐに見つめる望月くんの黒い瞳が不安気に揺れていた。
その瞳には覚えがあった。
ああ、確かにあの子だ。
あの時もこんな風に不安気な瞳をしていたっけ――。
おばあさんとふたり、自分も不安なのに必死におばあさんの事を励まして、路線図を前にあーでもないこーでもないって。だから僕は声をかけたんだ。
本当は遅刻ギリギリで時間なんてなかった。だけど、見て見ぬフリなんてできなかった。
おばあさんを助けたいと思ったのも本当だけど、一番はきみの力になりたいと思ったんだ。きみの笑顔が見たいと思ったんだ。
「――覚えて……いるよ」
こんな僕の事を好きだなんて……信じられない事だけど、きみの言葉なら信じられる。
見ず知らずの困っている人を放っておけないきみの言葉なら。
「もう一度言います。俺は小津さんの事があの時から大好きです」
そう言って望月くんはポケットの中から何かを掴んだ両手を僕の目の前に突き出して、広げて見せた。
手の平の上には沢山の飴玉があった。あの日僕が『ご褒美』と称して青年に差し出した物よりも大きな飴玉。
本当はどこか疲れた様子の青年に元気になって欲しくてした事だった。
「あの時あなたがくれたのはただの飴玉なんかじゃなかった。俺にとってあれはあなたの『優しさ』あなたの「応援』、でした。俺は辛い時や寂しい時、あなたからもらった飴玉を舐めて頑張ったんです。あなたのおかげで頑張れたんです。そしてこの飴玉はあなたを想う俺の想いです。どうか受けとって下さい。そして俺をあなたの一番傍に居られる存在に――、恋人にして……?」
きみが辛かった時、少しでも力になれて良かった。きみの笑顔が守れて本当に良かった。ただただそう思う。
きみの事がいとおしくてたまらない。
きみの一番傍に僕も……居たい。
僕は彼の手の平ごと両手で包み込んだ。
大切なたいせつな彼の想い。僕の想い。
「――はい」
キラキラの飴玉のように輝くきみと僕との大切な宝物。
嬉しくてなかなか泣き止まない僕の口の中にきみが飴玉をひとつ放り込んで、「俺の愛はものすごーく甘いので覚悟してくださいね」って言っていたずらっ子みたいに笑ったんだ。
口の中に広がる甘さと僕を抱きしめるきみの温もりに、涙が止まるどころかいつまでも流れ続けた。
ぼろぼろと零れ落ちる涙と慌てるきみと。
僕は幸せで幸せ過ぎて、涙が流れるのも構わずきみと顔を見合わせて笑った。
おじさんの僕が見つけたキラキラの宝物。
きみが持ち続けてくれたキラキラの宝物。
みんなみんな同じキラキラ。
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