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第9話 進言
話を聞く気になったバルダッサーレ。彼の言葉に薄っすらと笑みを浮かべながら、ラドバウトは話を切り出した。
「公。ホッジ公国は新しい国である故に、冒険者ギルドにも力はなく、所属する冒険者にも実力者は多くない。違いますかな」
些か言葉を濁してはいるが、つまりラドバウトの言いたいことは「ホッジ公国は国力が弱い」ということだ。
新しい国である以上仕方がないことだ。もっと歴史が長く、領土も広い国はいくらでもある。その中ではどうしても、ホッジ公国は小国に位置づけられるだろう。バルダッサーレも否定できずに口角を下げる。
「む……確かに、我が国の世界における存在感は大きくない。国力も少なく、衛兵の力もなく、冒険者は烏合の衆よ」
「そうでございましょう。出来上がったばかりの国でこれを整えるのは一筋縄ではいきますまい」
彼の発言にラドバウトは大きく頷く。バルダッサーレ自身も、この国が力を持たない国であることは認めざるを得ないようだ。そこを的確に突いていく。
「そこにわしがやって来た。魔王軍のことは隅から隅まで把握しており、後進を育成し、大成させる能力だけで38年間、魔王の側近を勤め上げたわしが」
若干大げさに聞こえるように、枷のはめられたままの両手を持ち上げながらラドバウトは大仰に声を発した。
ようは、自分の有用性をこの君主に認めさせればいいのだ。自分がこの国にやってきたことは幸運なことだと思わせ、自分が役に立つ存在だと思わせればいい。
そして「鬼哭王を倒す」といういっそ無茶にも聞こえる目標にも説得力をもたせる。ラドバウトの作戦はこうだった。
果たして、小さくため息をついたバルダッサーレが、口元に笑みを見せながら言う。
「……『竜頭の翁』よ。確かに貴様の持つ情報は得難い。魔王軍の側近を解任されたとは言え、魔王軍の内情をよく知っている貴様が人間の側に付けば、大きなメリットがあろう」
その言葉に、ラドバウトは内心で胸をなでおろした。自分が有用であるということは認めてもらえた。
だが、それだけでは不十分だ。バルダッサーレが眉間にしわを寄せながら言う。
「だが、よもや貴様、このホッジ公国の冒険者を自らの手で一流に育て上げ、その冒険者たちによって鬼哭王討伐を成そうというのではあるまいな」
彼の問いかけに、いっそ清々しいくらいの笑みを見せながら、ラドバウトは頷いた。
「然り」
その明確な言葉に、周囲の兵士たちのざわつきが大きくなった。
ホッジ公国が弱小国であることは彼自身が述べた通り。それを、魔王撃破が成るくらいまで育て上げようというのだ。魔物である彼が。呆れを顕にしながらバルダッサーレが吐き捨てる。
「馬鹿な、気が長すぎる。そもそもの冒険者の総数すら、この国は多くないのだ。そこからどうやって、魔王軍に食らいつこうと言える。育成に当たっている間に、他の大国が首に手を付けてしまうわ」
バルダッサーレの発言に、彼の周囲を固める側近や宰相が頷いた。その反応は実に正しいものだろう。人員も整っていない状態からの魔王城侵攻など、時間がどれだけあっても足りない。
しかしラドバウトは頭を振った。右手を開きながら言葉を返す。
「恐れながらホッジ公。今の魔王軍は過去最高に意気軒昂。実力も大いに高まっており、全員とも健在な後虎院の四人もまさに飛ぶ鳥を落とす勢いです。ヤコビニやアンブロシーニの勇者であっても、すぐに魔王軍を瓦解させるところまでは行けますまい」
その返答に目を見開きつつ、互いに顔を見合わせたのは宰相の方だ。
ラドバウトの見識は正しい。魔王軍をついこの間まで内側から見ていたのもあるだろうが、今の魔王軍の力強さは大国でも手を焼くほどだ。早晩すぐに魔王軍の力を削ぐことは出来ない、ならば機を伺おう、というのが大国の共通認識だったのだ。
目を見開くバルダッサーレに、ラドバウトは言葉を重ねていく。
「その間に、わしの力でこの国の冒険者たちを鍛え上げるのでございます。わしは38年の長きに渡って、あらゆる魔物を育て上げてまいりました。魔物も人間も、強くなるのに必要なものは同じ。効果的な手法は、身体に刻み込まれてございます」
彼の発言は、兵士に、宰相に、期待を持たせるには十分であった。
魔王の影に竜頭の翁あり。翁は聡明にして名伯楽、彼の手にかかれば子犬も一月で狼に育つ。そう謂れを持つほどのラドバウトだ。魔王軍もその指導力に与ってきたのだが、後進に座を明け渡すことで彼を切り捨てた。
その切り捨てられた『竜頭の翁』が、ここにいる。この国で冒険者を育て、魔王の首を取ろうとしている。
成せれば、ホッジ公国の力は急速に高まるだろう。小国という地位を脱却するには十分だ。
この政治的な駆け引きを前にして、バルダッサーレがゆっくり口を開く。
「……勝てると思うか、この国の者が、鬼哭王に」
最後のひと押しだ。ラドバウトはバルダッサーレに、もう一度大きく頷いた。
「勝てます。勝たせてみせます。わしが、必ずや」
彼の言葉に、カリストも、ミレーナも、トゥーリオも顔を上げた。まっすぐにバルダッサーレを見た。
その瞳には力がある。決して、彼が夢物語を言っているわけではないと感じさせられる。ダメ押しとばかりに、もう一つラドバウトが言葉をかけた。右手を前に、自分の手枷に繋がる縄を持つ勇者に向ける。
「なんでしたら公よ、ここにおわすカリスト、ミレーナ、トゥーリオの三名は、この数日間にわしがみっちり教えを授けた。今の彼らに、後虎院の配下の一人でも倒させに向かわせましょうか? きっと、首を取って帰ってくることでしょう」
彼の発した言葉に、ミレーナとトゥーリオが思わず振り返った。
自分たちを鍛えた老爺に喜びを顕にしながら、感極まった様子で言葉をこぼしている。
「先生……」
「先生……!」
姿勢を崩す二人をちらを見た後、バルダッサーレは一人、片膝をついたままのカリストに声をかけた。
「カリスト・シヴォリ」
「はっ」
短く返事をする勇者カリスト。彼にバルダッサーレが、確認とばかりに問いを投げる。
「今のラドバウトの言葉、貴様はどう思うか。後虎院の配下の誰か一人、貴様らで殺せると思うか?」
その言葉を受けて、カリストはふと視線を下げた。しばし床を見つめて逡巡する彼に、この場にいる人物全ての視線が集まる。
少々の逡巡の後、カリストは顔を見上げて口を開いた。
「……先日、この国を旅立った時の俺たちでは、不可能だったろうと思います。ですが今なら、首にも手は届くと思います」
その言葉に、再び場内がどよめいた。
これまでのカリストの、無駄に自信に溢れた傲慢な物言いではない。自分の実力をしっかり見極め、考え、それでもなお出来ると確信している、まさに勇者らしくなった彼の言葉だ。
ふと、バルダッサーレの表情が緩む。
「そうか……よかろう」
少しだけ、嬉しそうに微笑みながら、バルダッサーレは玉座から立ち上がる。そうして腕を振りながら、高らかに告げた。
「『竜頭の翁』ラドバウト。貴様に首都バルザッリの市民権と、ドラゴネッティの姓を名乗る許可を与える。これからは公国の臣民として励むように」
「……はっ。ありがとうございます」
彼の言葉に、頭を垂れるラドバウト。そして謁見の間に居並ぶ兵士が一様にどよめいた。
魔物が首都の市民権を公式に得るなど、前代未聞だ。しかもかつては魔王軍の中枢にいた魔物が、である。
どよめきが起こる中、バルダッサーレは言葉を続けた。
「そしてもう一つ。貴様に冒険者学校の開校許可を与える。用地はこれから見繕うが、首都のどこかしらになろう。そこに住み込み、冒険者の指導に当たれ」
「はっ。望外の喜びにございます」
その言葉に、ますます頭を下げて平身低頭するラドバウトだ。
大成功だ。これ以上無いほどの大成功だ。彼の作戦はここに成功し、彼はこうして自由と職を得た。
ラドバウトの両手両足にはめられた枷が大急ぎで外される中、バルダッサーレはカリストに目を向ける。
「カリスト、後日『湾曲する矢』を指名して、ギルドから依頼を出す。それまで腕をさらに上げろ」
「はっ」
主君の言葉にカリストも頭を下げる。またいずれの時に、この首都を離れて冒険する時が来るだろう。
しかし今度は、死ににいくわけではない。勝ちに行くのだ。それだけの力も自分たちにはある、それが彼にはよく分かっている。
四人が深く頭を下げる中、バルダッサーレはあごをしゃくりながら嬉しそうに微笑んだ。
「うむ、では、これから手続きに入るゆえ、わしはここで失礼する。貴様らも下がれ」
「ありがとうございます、閣下」
その彼に、ラドバウトは再び額をじゅうたんにつけた。
いよいよだ。とうとう鬼哭王ローデヴェイグに一矢報いて、自身を追放した彼をあざ笑うための第一歩を踏み出した。その為にもこの国の冒険者を鍛えていかねばならない。次代の冒険者も育てなければならない。
やってやる。彼はその決意に満ちていた。
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