スイッチ

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スイッチ

明日はいよいよ部屋替えだ。 いつものように、看護師(かのじよ)が食事を運んできた。 「夕食をお持ちシマシタ」 「ありがとう」 いつものように、僕はトレイを受け取った。 いつものように、彼女が口を引き上げる。 「上手になったね」 「ハイ」 びぃーん。 再び彼女は口の両端を上げようとする。 「無理しないで。また部品が外れてしまうよ」 僕はあわてて看護師の口元を押さえた。 「指が冷えマス」 そう言うと、体内のヒーターを点けてくれる。 「大丈夫。もう離すよ。今日は何?」 「チキンスープデス」 「やった! ドクターもこれ好きだよね。そう言えば彼は?」 「今日は地上ノお仕事デス。(じき)にオ帰リニナルト思イマスガ」 「そう」 蓋を開けた。 「!」 「(あなた)の大好きなよ」 「大丈夫デスか? 熱いノデスカ?」 「いいや」 いいや。 母さん‥‥‥!  この香りだった。 父さん。母さん。アリサ‥‥‥。 「思い出したんだ」 スープの上に涙が落ちた。 僕は確かに、写真(あのばしょ)で生きていたんだ。 だがなんだろう。 せっかく思い出したのに、頭の中で家族(みんな)が叫ぶ。 ――逃げて! 鳶色(とびいろ)の医師が入ってきた。
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