病院船

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病院船

『あなたは今、どこにいますか?』 院内で決められた「夜」と言う時間。 僕はいつものように、ベッドの上で「彼女」からの手紙を読み始める。 『身体の具合はどうですか? ご飯は食べられていますか?  辛い時、(そば)に気づいてくれる人はいますか?』 僕は自分が何者なのかわからない。 名前も、家族も、どうしてここにいるのかも。 無数の星の欠片(かけら)に混じり、奇跡的に漂っていた無傷の脱出ポッド。 その中に僕を、病院船が拾い「復元」した。 「これが君の『髪』と一緒に保管されていた。悪いが中を確認させてもらったよ」 鳶色(とびいろ)の瞳の医師は、僕に一通の封筒を渡した。 入っていたのは一枚の写真と一枚だけの手紙。 写真には確かに僕と三人の人間が写っていた。 こんなに楽しそうに笑っているのに、 僕は彼らが誰なのか全くわからなかった。 「君は今、産まれたばかりの赤ん坊と同じだ。訓練しながら少しずつ思い出していこう」 その医師はほとんど笑わなかった。 けれど、肩に触れる力加減や決して()らさぬ鳶色の瞳に、僕は彼の本物の気遣いを感じた。 『(ゆう)へ。 私はあなたの母です。名前は絵里子(えりこ)と言います。 隣にいるのはお父さんの佑哉(ゆうや)。そして前にいるのがあなたの妹の侑咲(ありさ)です。 これがあなたの家族。 あなたがいつかこの手紙を読んでくれると信じて、 私達はこれを遺します』 大丈夫だよ。母さん。 僕は今、とても元気です。 だからどうか心配しないで。 船が揺れた。何か大きな音がする。 「配達船だ。薬を届けに来てくれたんだよ」 が出ていくと、すぐドアに鍵がかかった。 (あきな)い船などを装った強盗が侵入してこないよう、どこの船もこういった仕掛けになっているのだそうだった。 耳を澄ませてみるが、 厚いドアの向こうからは換気音しか聞こえない。 僕は諦め、再び手紙を読み始めた。 『この手紙を見つけてくださった方へ。 もしあなた達にその科学力(ちから)があるなら、どうか息子を(よみがえ)らせてください。 私達の時代では、物語の中でしか叶わない『願い』でした。 お願いです。 息子を生き返らせてください。 そして、 どうかあの子が幸せな人生を(まっと)うできるよう、力を貸してあげてほしいのです。 ごめんね。優。 ずっと(そば)にいてあげられなくて。 あなたが起きた時、何の力にもなってあげられなくて。 またいつか会えたら、 みんなで一緒にご飯を食べたい。 あなたの好きなもの、たくさん作るから。 でもその前に、 どうかあなたが生きて、今度こそ健康な身体で幸せな人生を送れますように』 伝わってくる無念。 僕の家族だった人達は、もういなくなった僕の幸せを願い続け、を未来に託して亡くなった。 読み終わり、丁寧に折り、ポケットに仕舞う。 時折押し寄せるたまらない寂しさから逃れるために、僕は片時も手紙を放せなくなった。
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