首都壊滅への序章

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鳳蝶の間の天井に描かれた美しい天女は、魅惑の笑みを投げかけて下界の鬼畜を誘惑し、骨と肉とを貪り食うという。 その際に、滴り落ちる血液と鬼の流した涙が鳳蝶となって、現世を彷徨いながら欲情まみれの魂を浄化するのだ。 金色の壁面のレリーフには、西洋の剣や盾、そして日本刀と甲冑といった武器がモチーフとして施され、クリスタルガラス製の2基のシャンデリアは、幻想の世界に色を添えていた。 球体スピーカーが内蔵されたこのシャンデリアは、舞踏会会場にに相応しく、1基に5千万円の助成金が使われていた。 また、設計した会社がJルムズだということも相成って、青葉は不愉快極まりない面持ちで、テーブルに向かい合って座る野見山を睨み付けた。 Jルムズは、国内初の原子力潜水艦『きぼう』の造船計画に携わる企業であり、会長社長親子は代々、青葉家の後援会会長を務めた関係にあった。 ファイル222と、自分の関係を疑る者も何れは出てくるだろう。 そうけしかける野見山の口調は、この上なくいやらしかった。 しかし青葉は。 『すべての人間に裏切られた』 という思いが強く、かすれる心の中で、家族と別れた最後の光景を思い返そうとしていた、 しかしうまく出来なかった。 その記憶は、蓄積された肉体的苦痛と、極度の心労によって脆くも打ち砕かれていたからだ。 首筋に貼られた無菌ガーゼに手をあてがうと、汗で湿り気持ちが悪かった。 誘拐された総理大臣として、これからの人生を歩まなければならない惨めな男。 そんな人間に、世間はどんな審判を下すのだろう。 いっそ、やせ衰えながらひっそりと消えてしまいたかった。 野見山は、テーブルに豪華絢爛に並べられたイタリア料理のフルコースに舌鼓をうちながら、青葉を捉えていた。 ひ弱で決断力にかける総理大臣。 しかし、目の前の男は単なるイエスマンではない事も、長年の付き合いから重々承知をしていた。 東京国の大切な客人であり、偉大なスポークスマンと成り得る男。 何としても生き続けてもらわねばならない。 しばらくの間は・・・。 海老ときのこのアヒージョに手を付けながら、野見山は鳳蝶の間の飾り扉前で護衛にあたる三枝を見た。 東京テロから国民を救った英雄に、野見山はさほど興味はなかったし、詮索する気もなかった。 用済みとなれば棄ててしまうだけだ。 「こんなに豊富な食料を、わざわざ私に見せつけているのにはどんな思惑があるのかな?」 と、質問する青葉は、何も口にしていなかった。 野見山は無言を貫いた。
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