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虚しく点滅する、自立式の古びた看板のライトの灯り。
固く閉ざされたシャッターは、風を受けながら音を立てて軋んでいた。
それでも生活の痕跡は残されていた。
不釣り合いに色めく、プランターのハナニラやキンセンカは、しっかりと根を張って天に伸びている。毎日欠かさず、誰かが水やりをしている証拠だ。
当時、芳賀の心は大きく揺れていた。
未曾有の無差別テロが発生した東京が、隣県の埼玉にいるだけで遠い異国に思えていた。しかし、李・大雷の父親との信頼関係が深まるに連れて、徐々に当事者意識が芽生え始めてしまった。
東京事象やテロで行方不明になった知人も居なかったのに、記者というだけで巻き込まれた感が拭えきれず、同情で記事を書き、その原稿は当然のことながらボツとなった。
体調不良を理由に1週間休職し、不甲斐ない自分に嫌気がさした頃。
「李・大雷の父親と話が出来るのは、朝陽、売読、参経でもない、埼玉日々の芳賀友子だけだ」
と、電話で田辺に言われた。
芳賀は泣きながら礼を言い、己を奮い立たせた。
ところが、楽観視出来ない国内情勢に芳賀の精神は振り回されて、長年手放していた睡眠薬に頼る事態となっていた。
そのことは、田辺には言わなかった。
大規模災害緊急事態宣言が解除されても、国中は混沌とした空気に包まれて、政治も経済も停滞し、医療従事者や教育者、警察官やエッセンシャルワーカーの消失によって治安も悪化している。
先行きを考えただけで、芳賀は生きる希望すら見失いかけていたのだ。
今、エンジンを止めたミニクーペから見る久々の光景は、記憶に刻まれた風景と結びつかないままでいる。
ひとりだけ置いてきぼりにされるのは怖いからと、芳賀は勇気を出して車の外へと足を踏み出した。
木村ゆりや、水島杏みたいになりたかった。
冷たい感触と、季節外れの北の風がサラサラと舞う。
立て看板に空いた、大きな穴の先に見える国道脇の側溝。
ちょろちょろと流れる水の音。
駐車スペースを記した消えかけの白線。
そこを越えていく、芳賀の真新しいスニーカー。
鼓動が高鳴る。
喉元が締め付けられる感覚と胸痛に襲われながらも、芳賀は必死にカメラ構え、犯罪者の家族の、国家転覆を企てたテロリストの父親の、ありのままの現状をフィルムに収めていった。
ファインダー越しの景色は、遠い異国の戦争の傷跡と似ている。
雑誌で見た、内戦の犠牲となった夫の仇を打つ為に、自爆テロを行った数多くの女性達。
親を失った子供達は、銃を片手に敵国へ報復を誓う。
憎悪や悲しみの連鎖は、人間が存在する限り終わることはないと、昔誰かが言っていたが、芳賀はその人物を思い出せなかった。
ハナニラの、薄紫色の星たちが見つからない。
キンセンカの、やわらかな橙も消えてしまった。
そこにあるのは、踏み潰された土壌と憎しみの足跡だけ。
芳賀は、ハナニラの花言葉を思い出した。
悲しい別れ。
シャッターに書かれたスプレー文字を、芳賀は無心にカメラに収めた。
人殺し、出ていけ、盗人、売国奴。敵、死ね、テロリストの馬鹿親、消えろ、帰れ、汚いクソ、殺人家族、殺人集団の親、畜生、中国人消えろ・・・。
割られた店のガラス窓に、内側から貼られた布テープを見て、芳賀はその場にへたり込んだ。
苦しくて呼吸が出来なかった。
「・・・どんな気持ちで・・・どんな気持ちで・・・あの人はこのテープを貼ったんだろう・・・」
ぽろぽろと止まらない涙は、鼻をすするたびに喉へと流れていった。
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