首都壊滅への序章

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瞳をぎらつかせながら、秋葉原駅高架ホームを見つめる安座間は、まるでアイドルコンサートに詰め掛けたファンよろしく、興奮しながら周囲の群衆と同じフレーズを叫んでいた。 「海魂上埜樹流亞」 詰めかけた人々の中に、その言葉の意味を理解している者はいるのだろうか、そして安座間が言った、存在出来うるキルアとは何者を指しているのか、現時点で和久井には見当もつかなかった。 人間を洗脳する音葉の響きの渦にあって、なんの変哲も無い秋葉原駅のフォルムと、鉄道高架橋に停車する61式戦車とのグラデーションは、実に見事な演出だった。 思想や理念を打ち砕く群衆の叫びは、個々の精神を崩壊させる力もあった。 狂信的な空気に呑まれまいと、和久井はさりげなく周囲を見渡した。 「みたまがみのきるーあ!」 叫びと手拍子が、一定のリズムで繰り返されている。 広場を取り囲む親衛隊員の多さに、和久井は困惑していた。 危険分子を把握しきれない国にも腹が立った。 未だ色褪せない光景が頭をよぎっていく。 病院で見た赤子の消えた保育器と、ロビーに転がる松葉杖。 主人を失った車椅子や、ソファーに置いてきぼりにされた哺乳瓶。 目の前に居る人間達は、テロリストとは違う。 ホロコーストを行った殺人集団なのだ。 そう思うと、和久井は怒りに震えながら覚悟を決めて叫んだ。 「みたまがみのきるーあ!」 隣の安座間はすっかり笑顔になっていた。 「互いに切磋琢磨してさ、崇高なキルアに導かれる世界を創ろう」 「崇高なキルア・・・」 「今にわかるさ」 「いつか・・・」 「ん?」 「いつか近付けますかね?」 「もちろんだとも、そう遅くない時期に!」 61式戦車の砲身がゆっくりと上がる。 線路を悠々と行進する、東京国軍兵士の姿が見える。 広場の歩道に停車する、3台のLED大型ビジョン搭載車。 そこから流れ出るけたたましい音楽が、人々の鼓膜を振動させていく。 トランス状態へと突き進む群衆の中、和久井はエレーサの事をふと考えた。 「会いたい・・・」 カウントダウンが始まる。 3秒前。 220インチの画面が光る。 大地が揺れる。熱気と興奮が人々を同調させる。 異端は受け入れないと、和久井は感じ取った。 2秒前。 泣き崩れる若者は覚醒する。 失神して倒れ込む女性を、無視を続ける情緒に支配されていく秋葉原の街。 1秒前。 世界が反転する。 大歓声の中、ステージと化した京浜東北線高架ホーム中央、整列した東京国国軍兵士達が銃を掲げる。 画面に映し出された、61式戦車のハッチが開く。 純白の軍服に身を包み、紺瑠璃色のライフルを手にした女性が線路へと降り立った。 和久井は息をのんだ。 槙野恵子だった。
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