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上念は、61式戦車を背にして、高架上から群衆を見下ろしていた。
凸凹の人間の頭の波と、戦士達の純白の壁は美しく、民衆を導く自由の女神と化した槙野恵子は、ドラクロワのキャンパスから抜け出た革命のシンボルさながらの気品と母性を兼ね備えていた。
人々の熱気で、肌の水分が蒸発していくのはいつ振りだろうか。
通い続けたジムで流す汗とも、サウナや風呂で強制的に出す汗とも違う。
そう言えば、ジムのコーチやメンバー達はどうしているのか、みんな死んだか等々考えながら、上念はふと空を見上げた。
太陽光で遮られ、まだ肉眼では見ることの出来ない死のオーロラは、現在も間違いなく東京23区を取り囲んでいる。
鉄壁の要塞は、如何なる軍事力をもってしても、壊滅させるのは不可能だ。
アメリカもロシアも中国も、このドラスティックな東京国を指を加えて眺めるしか出来ない。
既に、憎悪や醜悪、恐怖と覇権に支配された幾重もの国家が、非公式に東京国への会談を申し入れている。
何れ、日本国政府からも何かしらのアクションはあるだろう。
核に代わる抑止力・極限兵器『方舟』は、戦争において家畜や農作物、都市機能は無傷のままで、人間だけを抹消できる理想の軍事力なのだ。
上念は、頭上に広がる青空を、血に塗れた深紅の青き海原と呼んで、哲学者染みた語呂の良さに自惚れながら悟った。
「この世界で、不必要なのは人間」
上念は、クックッと笑って線路に足をかけた。
感情を隠すのは下手だった。
隣の若い兵士に声をかけると、彼は不動のまま返事をした。
「光栄です!」
上念は上機嫌に話した。
「将門って知ってる?」
「はい!学校で習いました!」
「君はいくつ?」
「23歳です!」
「そう。あ、独り言だから気楽に聞いてて。朝敵となった将門もさ、東国の独立を標榜したんだよね。そして殺されちゃう。結局ね、そんな将門を守護神とした江戸幕府も倒されちゃうんだけど、怖かったんだろうね、明治政府は。怨念がさ・・・だから鉄の結界を張るわけ。山手線っていう結界を。でね、でね、我々は今、その結界に楔を打ち込んじゃったってわけ。やべ。カッコよくね?」
上念はそう言いながら、兵士の肩をポンと叩いて、近くにいたカメラクルーを手招きした。
広場の220インチ液晶ビジョンに、高揚した自分の顔が映し出されると、群衆は一気に沸いた。
グリーンの瞳も悪くないな。
上念は自分に酔い痴れながら、ヘッドセットのマイクをオンにして神妙な面持ちで語り始めた。
「・・・敬愛なる同志諸君のキルア・・・崇高にして寛大なキルアに我は捧ぐ。命の限り。この世界に、イザナミが入城される日を誇りに思う」
静寂が辺りを包んでいた。
単純だ。人間ってのは実に単純な生き物だ。
上念は群衆をあざ笑い蔑んだ。
その内面を悟られないように、上手く嘘がつけるようにと、やわらかな笑みをこぼして思った。
「バァ〜か!」
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