首都壊滅への序章

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不合理な世の中で、行き場を無くして彷徨う人間達を、上念は嫌悪を込めてジプシーと呼んだ。彼らは互いの傷を舐め合いながら、居心地のいい場所を求めて放浪する。 探求心や自尊心、人間としての誇りまで失った棄民達は、程度の低い言葉に喜んで、自らをジプシーと名乗って浮かれた。 「上念さんが名付けてくれたから、有り難く我をジプシーと名乗らせて頂きますがよろしいですか?」 答えはイエスだった。 ビードロみたいに弱々しく、息を吹きかけただけで破裂しそうな未熟な精神。老若男女問わず、上念の講演会に詰めかけたファンの殆どは、人生の汚点を外部のせいにして自己を正当化し、各地にコミュニティーを形成して肥大化していった。 上念は、ファン心理を巧みに操り、使えそうな人間は率先して「東京・サイケデリック・クリエイターズ」へ入会させた。 新時代の幕開け。 我等は現代の新撰組。 聖なる闘い等々の言葉を並べ立て、金づるは決して逃さない。 上念にしたら造作も無いことだった。 無知な高学歴のジプシーは扱いやすく、彼らは既に耐性が出来ていた。 従属し、自らの分をわきまえて行動する能力を兼ね備えていたのだ。 反抗はしないし、意見も言わない。 居場所を失いたくないから、マリオネットになれるのだろう。 上念の眼下では、顔見知りの会員達がジッとこちらを見上げている。 自分では何も決断出来ないジプシー達。 「お前らはジプシーなんかじゃないんだよ。ゴミだ。人の皮を被った生ゴミなんだよ、棄民だ棄民、ああ、皆死んだ魚みたいな目をしてやがる、臭いねえ」 上念は、罵ってやりたい気持ちを抑えながら、220インチ画面を観て話し続けた。歴史を刻む為に、程度の低い言葉を使って。 「秩序も理念も、政治も宗教も死んだ。残されたのは崇高なキルアである我々の新世界。海魂上埜樹流亞だ! 今ここに宣言する! 人は浄化されキルアと共に海魂上埜樹流亞へと旅立つのだ。東京国はその道標となるだろう。此処はユートピアではない! 我々の意思の世界だ! 大キルア様の名の下にして誇り高き世界だ。みたまがみのきるあを呼び醒ませ! ジプシー達よ! イザナミを覚醒させよ!」 上念の言葉を受けて、群衆は一糸乱れずに叫んだ。 みたまがみのきるーあ!! みたまがみのきるーあ!! みたまがみのきるーあ!! みたまがみのきるーあ!! みたまがみのきるーあ!! 海魂上埜樹流亞!!!!!!!!!! 線路上のカメラクルーは、61式戦車のハンマーヘッド型主砲に腕を絡め、砲塔に背をもたげる槙野恵子の姿を捉えた。 上念は美しいと素直に思った。 純白の軍服が似合う女だと。 その口元がゆっくりと動き出す。 耳に当てたヘッドセットの赤の色と、背に担いだ紺瑠璃色のライフルの銃身が日光を浴びて、恵子の表情を艶めかしく映し出していた。 「・・・皆に誓う・・・」 妖しく滑る恵子の唇は濡れていた。 「わたしは・・・」 潤んだ瞳の奥に、かつての政務秘書官としての面影はなくなっていた。 恵子はこれまでの人生をを棄てた。 だが、兄のように慕っていた同士・島本真司の殺害を企てた人間だけは許せなかった。復讐心を胸に秘めた女の唇がキュッと結ばれる。 島本の声が聞こえた気がした。 「君はいつでも真一文字ちゃんだなあ・・・」 恵子は胸に手をあて、深呼吸をした後に満面の笑みで叫んだ。 「わたしはイザナミである!」 風が舞った。 空気が散っていった。 アスファルトと土と、血の匂いが入り混ざる秋葉原に、人々の熱気と共にイザナミが入城した。
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