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江崎拓巳side
僕の憧れの人。
その人は、通学途中の本屋で働いていて、いつもオシャレな格好をしている服の上に、紺色のエプロンをかけている。
背が高くて少しウェーブのかかったフワッとした髪がすごく似合っていて、どのお客さんに対しても親切に対応している姿が『素敵だな』と思うようになっていた。
一度だけ、探していたサッカー雑誌が見当たらなくて声をかけた時に対応してくれたのがその人だった。
すぐに探してくれたけど、ちょうど店内に置いていなくて、わざわざ近くにある別の店舗へ連絡を取ってくれたのがきっかけだった。
初めは『いい人だな……』という印象だったはずなのに、何度か店へと通ううちにそのサッカー雑誌を取り置きしてくれるようになっていて、気がつけばその人に会いたいと思っている自分がいることに気がついた。
だけど僕はまだ高校生で、彼の名前しか知らない……。
胸元についた『三枝』と書かれた名札が、僕の憧れている彼の全てだった。
本屋に行かない日は、自転車で前を通りすぎるだけ……
サッと彼の姿を見渡して、ペダルを勢いよく漕ぐ。
そんな毎日だった……
夏休みが終わり、学校が始まってまだ一ヶ月も経っていない頃、部活で遅くなった僕は自転車を飛ばして家路へと急いでいた。
すると突然大雨が降ってきて、閉店したまだ途中までしかシャッターの降りていない本屋のガード下へと慌てて自転車ごと飛び込んだ。
自転車を停めて、カバンの中からタオルを取り出し、濡れた制服の水を拭き取っていると、明かりのついていた店内の電気が消えて中から人が出て来た。
「あっ、君は?」
「あっ、こんばんは」
「雨……降ってきたんだ……」
「はい……。突然だったんで、思わずここに」
「ずいぶん濡れたみたいだね」
「はい……」
僕の姿を見てすぐに状況が把握できたのか、閉めようとしたはずの店内に明かりがつけられた。
「時間あるなら、中へどうぞ」
「でも……」
「ここにいるよりも、少しはマシだと思うから」
「はい……」
言われるまま自転車の鍵を取り、カバンを持つと、僕は彼の後に続いて店の中へと入っていく。
通されたのは、スタッフさんたちの休憩室みたいなところ。
「ちょっとここで待ってて」
そう言って彼は部屋から出て行ってしまったけれど、すぐにタオルを持ってきてくれて、「はい」と手渡される。
「あっ、すみません……」
「温かい飲み物持ってくるから」
言い残してまた部屋から出ていき、しばらくするとカップを二つ手に持った彼が戻ってきて、テーブルの上にコトンとカップを置いた。
「熱いから気をつけてね」
「すみません。いただきます」
まだ湯気が立っているカップをそっと手に取り、フーフーと息を吹きかける。
「もしかして、猫舌?」
「ふぁい……そうです」
「あははっ、そっか……。ゆっくり飲んでね」
「ありがとうございます」
ココアの甘い匂いが鼻をくすぐる。
雨で冷えた手がカップで温められていくのを感じながら、カップに口を近づけて一口含む。
「温かい……」
「良かった。こんな時間まで部活か何か?」
「はい。今日は練習が長引いちゃって……」
「遅くまで大変だね。間違ってたらゴメンだけど、サッカー部?」
「そうです! どうして?」
「そりゃ、毎月あのサッカー雑誌を買っていくから、サッカー好きなんだろうなって思ってたし」
「あっ、そっか……」
何も話していなくても、買っていく本を見ればその人がどんなものが好きかくらいわかるよね。
特に僕は、毎月決まったサッカー雑誌をここへ買いに来ているんだから……。
それがきっかけで彼のことを知ったわけだし、今こうしているだけでもこんなにドキドキが止まらない。
「サッカーはいつから始めたの?」
「小一からです。友達と一緒に始めて、今もずっと一緒に頑張っているんです」
「へえ、好きなんだね」
「はい、大好きです!」
「いいね、そんな風に打ち込めることがあるって……」
幼馴染みの侑と少年サッカーを始めて、初めは何となく続けていたはずなのに、僕たちはあっという間にサッカーに夢中になっていった。朝から晩までボールを追いかけている。それが楽しくてたまらない。
「えっと……、三枝さんも本が好きだからここで働いているんでしょ?」
「好きだから……。そうかもしれないな。雨……、早く止むといいね」
「そうですね」
僕に話しかけてくる口調はとても優しくて、目尻を下げながらふにゃりとした笑顔が何度も見え隠れする。
その顔を見るたびに煩いくらいに胸が騒ぐのは、やっぱり僕が彼のことを意識してしまっているから……?
「ちょっと外、見てくるね」
飲んでいたカップをテーブルに置くと、彼が部屋から出て行く。
もう少しでカップの中のココアがなくなってしまう……。
これがなくなってしまったら、きっともう帰らなければならない……
外の雨は止んでいると思うから……。
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