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三枝陸人side
仕事が終わり戸締まりをして帰ろうとしたら、見覚えのある高校生が突然の雨に打たれて雨宿りをしていた。
俺は止みそうもない雨に帰ろうとしていた足を止め、店の電気をつけると、彼に中へ入るように声をかける。スタッフルームへと案内し、タオルを持って戻り手渡すと、温かい飲み物をいれにもう一度部屋を出た。
彼を知ったのは、あるサッカー雑誌がきっかけだ。探し当てられなかったのか、たまたま近くにいた俺に声をかけてきたのだろう……。
「あの……、いつもここにあるサッカー雑誌が見当たらないんですけど……」
見つからないことに不安そうな表情で尋ねてきた雑誌は、探してみたけどすべて出てしまった後だった。
「今ここには置いてないから、近くの店舗に問い合わせてみるね。ちょっと待っててもらえるかな?」
彼にそう伝えると、すぐ電話を掛けに向かった。問い合わせると、その店にあるという返事がもらえて、急ぎ足で彼の元へと戻る。
「お待たせしてゴメンね。駅の少し向こうにあるここの店舗と同じ本屋にまだあるそうだから、行ってみてもらえるかな? 一冊取り置きしておいてもらえるように頼んでおいたから」
「本当ですか⁉︎ 良かったぁ……。ありがとうございます」
「いえ、見つかって良かったです」
「本当にありがとうございました」
「またのご来店をお待ちしています」
「はい」
不安そうな表情は、一瞬で眩しいくらいの笑顔に変わった。
何度もお礼を言って頭を下げながら、彼は店を出ると自転車に乗って駅の方へと漕いでいった。
それからも毎月そのサッカー雑誌を買いに来ている姿を見かけるようになって、レジを担当することもあれば、チラッと姿だけを確認するときもある。
特に会話をするわけでもなくて、目が合えば頭を下げるくらいのものなのに、俺はどこかで君の姿を探している自分がいた。
必ず買いに来るサッカー雑誌は、なくならないようにと一冊だけいつも取り置きをするようにした。
初めて声を掛けられてから三ヶ月くらい経った頃、雑誌コーナーで君の姿を見つけた俺は、雑誌を探しているであろう君に近づいていく。
「あの、お客さま」
「はい……」
声をかけた俺にゆっくりと振り返った君は、驚いたように目をまんまるくして動かなくなっている。
「探し物はこれですか?」
「あっ、そうです……。けど、どうして……?」
「毎月お買い上げいただいているので、取り置きの方をさせていただきました」
「えっ……? そんなことできるんですか?」
「本当はダメなんですけど、毎月買いに来てくれてるから。今回は特別に……」
「うわぁー、ありがとうございます」
「いえ、ただし俺たちだけの秘密にしといて下さいね」
「あっ、はい……」
口元に人差し指を立てて伝えると、恥ずかしそうに頬を赤らめてコクコクと頷いている。
差し出した雑誌を受け取った君をレジまで案内し会計をすると、もう一度『ありがとうございました』と口パクでお礼を言われて、俺はニッコリと微笑んだ。
まさか年下の、しかも制服を着た高校生が気になるなんてどうかしていると思うのに、日に日に君に会いたいと思っている自分がいた。
外に出ると、雨は止んでいる。
雨で濡れた制服は、君のシャツを透けさせて、肌色を映し出していた。
気にしないでいようと思うのに、うまくいかなくて逃げるように部屋を出たなんて、きっと君は知らない……
雨が上がったということは君との時間も終わる……
「雨……上がったよ」
スタッフルームへ戻り、座ったままカップを持っている君に告げると、両手でカップをテーブルに置いて顔をあげる。
「これ……、ありがとうございました」
「少しは温まったかな?」
「はい。すごく美味しかったし、温まりました」
「そっか、なら良かった」
「じゃあ、帰ります」
「ああ……。それなら一緒に出るよ。ちょっと待ってて」
テーブルの上のカップを二つ手に取って、俺は洗い場でカップをサッと洗うと、『お待たせ、行こうか?』と声をかけた。
二人で店を出て、戸締まりをし、シャッターを下ろす。
「それじゃあ、気をつけて帰ってね」
「はい。今日は本当にありがとうございました。じゃあ……、また……』
「うん、また……」
片手を上げてバイバイと振ると、ニッコリと笑顔で頭を下げて君が自転車に乗って走り出す。
その後ろ姿を見送りながら、何となくクスッと笑ってしまった。
それは自分がまるで恋しているみたいに思えたから……。
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