三枝陸人side

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三枝陸人side

 何であんな行動を取ったのかわからなかった。  ただ、本を見つけた瞬間に君のことを思い出して、会いたいと思ったんだ。  理由なんて何でも良かった。  気がつくと、君に会うために休みだというのに本屋の近くまで出掛けて、姿を探していた。  笑っちゃうよな……  これじゃまるで本気で君に恋をしているみたいだ。  でも、君を見つけたときそれは確信へと変わった。  あの日からもうすぐ二週間……  今日は君が毎月買いに来るサッカー雑誌の発売日。  外がすっかり暗くなった頃、雑誌コーナーへ行くと、残り少なくなってるサッカー雑誌を一冊手に取り、取り置き場所へと置く。  もうすぐ閉店時間だというのに、君は姿を現さない……  いつもなら慌てたように店の中へ入ってきて、迷わず雑誌コーナーへ一直線なのに、結局、閉店時間になっても君は来なかった……  誰もいなくなった店内で、俺はこの間の雨の日のように、シャッターを途中まで下ろした状態で片付けをしていた。  何となく、必ず君はここへ来ると思ったから……。  片付けが終わり、一服してから帰ろうと外へ出る。  パンツのポケットに入れてあったタバコを取り出して火をつけようしたら、自転車のブレーキ音が聞こえた。  振り返ると、そこには明らかに急いで来たであろう秋だというのに額に汗を滲ませてる君の姿を見つけた。 「こんばんは」 「あ、の……」 「雑誌なら置いてあるけど……」 「いえ、それもなんですけど……。えっと、借りていた本を返そうと思って……。あと、今更だけど……あの雨の日のお礼をずっと言わなきゃって思ってて……。それから……、あの、僕……」  次々と言いたいことを並べている君から、緊張しているのが伝わってくる。  それが可愛くて思わずクスリと笑ってしまうと、今度はビックリしたように俺を見ている。 「大丈夫だよ。そんなに一気に話さなくても……。まずは、いつもの雑誌から片付けていこうか?」 「あっ、はい……」 「じゃあ、中へどうぞ」  自転車を停めたのを確認して先を歩き、店の中へと入るよう伝えると、少し身を屈めて店内へと入った君。  レジの前までやって来ると、取り置き場所へ置いてあるサッカー雑誌を手にして、君へと差し出す。 「あっ、お金……」  そう言って、慌てたように鞄の中を探し始めた。 「焦らなくていいから……」 「あっ、はい……」  落ち着きを取り戻したように、鞄の中から財布を探しあて、君が1,000円札を渡してくる。  それを受け取りお釣りを返すと、君はお釣りをパンツのポケットにしまい、雑誌を鞄へと入れた。 「えっと、これ……ありがとうございました」  今度は、君が一冊の本を俺に差し出してくる。  静かに受け取り、『意外と早く読み終わったね』と言った。 「すごく面白かったから。あっという間に読んじゃって……」 「へえ、そっか……」 「三枝さんが本屋さんで働こうって思ったお話もすごく感動して……。そしたら僕……あなたに会いたいって思ってて……。でも、それをどう伝えたらいいのかわからなくて……。けど、やっぱり会いたくて……。あの雨の日も、本当はずっとドキドキしてて……。だから……」  俯いたまま自分の気持ちを伝えてくる君は、緊張のせいか震えている。  俺は、そんな君にそっと近づいていく……。 「俺だって、まだ名前も知らないのに、ずっと君を探していた。会いたいって思っていた。だから……」 「名前……」 「君の名前は……?」 「僕は、江崎拓巳です。あなたは……?」 「俺は、三枝陸人」  やっとお互いの名前を知った。顔を見合わせてフフっと笑い合う。そういう瞬間が心地いいと思える相手に出会えた奇跡。 「僕……陸人さんのことが好きです」 「俺……拓巳くんのことが好きなんだ」  ハモるようにお互いの想いを言葉にすると、また二人で顔を見合わせて笑った。  あの本の中の二人が見つけた大切な思い出の絵本が二人を結びつけたように、今度はあの本の中の二人の物語が俺たちを結びつけてくれた気がしていた。 「この本の二人みたいに、僕と恋をしてくれませんか?」 「年の差は気にならない?」 「なりません。僕は、陸人さんが好きだから……。陸人さんこそ、気になりませんか?」 「気にしても遅いし。だって俺、もう本気(マジ)だから」  ふわりと君の体ごと腕の中に抱きしめると、一瞬力が入ったけどすぐに身を任せてきた。  俺たちの恋はまだ始まったばかり。 END.
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