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「記録としてはあるよ。有名なのはトリアノンの幽霊」
光希は事件の内容を説明した。
トリアノンの幽霊。
1901年8月10日。2人のイギリス人女性、エレノア・ジュルーダンとシャーロット・アン・モバリーに起こった事件。
その日、フランスのベルサイユ宮殿敷地内のプティ・トリアノン近くを歩いていた2人は突然酷く気だるい感覚に襲われた。それと同時に急に周囲が静かになり、見るとまわりの人間がマリー・アントワネットの時代のような服装になっていた。そこは18世紀のベルサイユ宮殿になっていたというのだ。
10年後に2人は、この不思議な体験を本にし、一大センセーションを巻き起こした。
2人が権威のあるオックスフォード大学の学寮長を努めた人物だったことも、彼女たちの話に一層の真実味を加えた。
「つまり。今この階段で、一種の時間の逆流が起こっとるんか? 光希の云うた二人は過去へと行ったように、ウチらは下に未来に行こうとしとるのに過去の上に戻る」
光希の話しを鑑みながら、由貴は推測を入れた。
「突き詰めれば矛盾や疑問は生じるけど、単純に考えるとそうかも知れない。眼には見えないけど、この階段は下から上へと時間が逆流している」
「ま、まさか……」
由貴は疑った。
「図形にすればペンローズの階段を想像してみて」
「美術で見た永遠に上にも下にも行けない不可能図形やったな。なるほど何となくイメージできたわ」
由貴は頭の中でペンローズの階段を巡っているのを想像し、光希は腕時計を見た。
「午後7時18分か。由貴、階段を降りて確かめてみよう」
「分かった」
二人は3階の階段を降りていくと、再び4階から3階へと戻っていた。
光希が時計を見ると、午後7時3分を指していた。
「15分も戻っている」
「何やて」
由貴は光希の腕時計を覗き込んで、現実を確かめると不安を顔に出した。
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