『大崎 舞』という人

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 深夜に歩いていると、たまたま、高橋さんの運転する車が私の姿を見付けたらしい。 「大崎!」  私の横を通り過ぎるなり、路肩に幅を寄せてハザードをたいた車に少なからず警戒していると、見知った顔が覗いた。ほっと、胸を撫で下ろす。 「……高橋さん」  自分でも安堵の声が出ているのが分かる。 「こんな時間に何しとるん? 危ないやろ」 「ちょっと、お散歩を」 「危ないやろ。送るよ」 「いえいえ。まだ風にあたってたくて……」  高橋さんは何かを読み取るように、数秒間、じっと私の顔を見た。 「ほんじゃ、暇? オレ、今から晩飯なんやわ。付き合ってくれんか?」 「えっと……」 「付き合って。はいこれ、命令な」 「えぇー?」  あまり嫌そうに見えないように笑った。しかし、高橋さんは眉を下げて、「命令ってのは冗談。本間に嫌だったら、断ってくれてもいいからな」なんて言う。……そんな顔をしてそんな言葉を、一回りも上の人から言われて、断れる人って、いる?  結局、高橋さんはハンバーグ定食を頼み。私はチョコレートケーキとホットココアをご馳走になった。深夜三時前のファミレスには、それでも私達の他にもちらほらと人が居た。みんな、こんな時間に何してるんだろう?なんて、自分を棚にあげて思う。  高橋さんとは他愛もない話をして、ファミレスを出た。一時間程経ってしまったことに、バレないように苛立ちを募らせた。 「遅くなったし、送るわ」と言う申し出を再度断ると、今度こそ訝しげに眉を寄せられる。 「……そんなに、オレのことが嫌い?」  うーん。 「……すみません。今から、彼氏のところへ向かうんです……」  事実とは少し異なるけれど。白状すれば、高橋さんはひどく面食らった顔をした。 「……それ、オレの知ってる奴……?」 「さぁ」  私の曖昧な笑みに、わかった、と高橋さんは口許を引き締めた。何をどう、分かったというのか。その後、相手のことを訊くことは無かった。 「ほんと、気を付けろよ。何かあったら、言えよ」  そう言い残して去る、高橋さんは優しい。それから、多分、恐らく、私に気がある。  別に。年の差とかは気にしない。元々、年上が好きだ。それに、社会人が恋人とか、確かに未知で憧れはある。  そんなことを黙々と考えながら、すっかり通い慣れた道を歩く。  通い婚って、確か、男が女の元に通ったよね?とか、こんな深夜に迎えにも来ない、これから会う男の事を考えたりもした。  比べるように、高橋さんの顔と彼の顔を思い浮かべて、それでも。と思う。私は、顔で人を好きになったことが無いので、顔を並べたことは全く関係がなく、高橋さんを恋愛対象から外す。  私は、「私が元々想いを寄せている人」が、「私の事を好きになる」ことが、好きなのだ。  贅沢なことかもしれないが、高橋さんみたいに、私が狙いを定めてないのに私に想いを寄せてくれている人には、あまり興味がない。  ピンポーン、と音を立てたインターフォン。二回押しても、三回押しても、一向にドアが開く気配を見せない。  まさか……と思って、スマホを鳴らしたら、三回目の電話で寝起きの声が出た。 「……ごめんね。寝てた……?」  なんて白々しい、と思いながらも、弱々しい声が出た。二回目の電話まで、怒りピークだったのに、我ながら自分の二重人格っぷりに少し感心する。  相手からも素直な謝罪があり、その後、鍵の開く音がした。「来るの知ってたんだから、鍵くらい開けとけや!」とは、心の中で言うに留める。 「ごめんね、引き返すことも考えたんだけど……どうしても会いたくて……」  口から出るのは、相変わらず、そんな潮らしい言葉。だって、仕方がない。ムカついたのも、会いたかったのも、本音だもの。そもそも、会いたいからムカついたのだ。 ーーーーそんな風に、いいように処理をするのが、得意。  私は、こんなに器用なのに、こんなに、不器用な生き方しか出来ない。  ベッドの上に座った男の横に座り、抱き締めた。 「夜道、怖かったけど、来たよ」  こんな場面で、腰を折るようで申し訳ないが、私はなかなかにメンヘラなのかもしれない。  けれど、男がバカなのか、私がちゃんとそれなりには愛されているのか、彼も私を抱き締めて、後ろ手で頭をぽんぽんと撫でる。 「来てくれてありがとう。俺も、会いたかったよ」  そんなことを言われてしまえば、そりゃ、キスくらいする。押し倒す。勿論、私の方が力が強いわけがない。相手も、すっかりそのつもりと言うわけだ。 「大好きだよ。好き」 「俺も」  心が満たさせていく。この男が、最高の人だと言う錯覚を、錯覚だと知りながらそれに溺れてしまう事を待つ。キスをどんどん深くし、脳みそを鈍らせる。快楽に、より深く浸っていく。きっと、この行為は合法的な麻薬なのだ。この、思考停止の為に。私はいつだって、一晩に何度も何度も、体を重ねる。  バカは、私だ。
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