覗き穴

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 通勤路の途中に、家の中が覗(のぞ)き見える家がある。古い塀の模様に、隙間があるのだ。そこからうまい具合に、その家の団欒の間が、大きな窓ガラスから見えてしまう。  小太りのオヤジが寝転がりながら尻を掻いたり、子どもたちが喧嘩したり、それを母親が叱ったり、おばあちゃんが食事中にこっくりこっくり船を漕いでいたり、猫が犬のえさにちょっかいを出していたり、と、けっこうな大家族のその家は、俺に生活を惜しげもなく見せてくれる。  一日に二回、仕事の行き帰りに、塀の隙間からその家族の団欒を覗き見るのが俺の密かな楽しみだった。  そうしているうちに、俺はだんだん彼らに親近感をもつようになった。その家の人々が、ごく親しい友人のように感じられた。たまたま近所のスーパーで、その家の誰かと会ったりすると、ついうっかり挨拶をしてしまいそうになるほどだ。もちろん、向こうは俺に覗かれているなんて夢にも思っていないのだが。
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