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「ところがですね。残念なことに、そのホームレスは自分にボストンバッグや携帯電話をトイレから取り出して隠すよう頼み、犯行に加担させた真犯人の顔を見ていないそうなんです」 そう言うと越前屋は、急に肩をすぼめて、随分無念そうな顔をした。 「そうですか。それは残念でしたね」 俺は内心ほくそ笑みながら、いかにも同情的にそう呟いた。 フフフ、残念だったな。 「なんでもあの公園にホームレスがいた時に、いきなり後ろから拳銃を突きつけられて、半ば強制的にやらされたそうです」 「そうですか」 「ただその時、3万円ほど犯人から金をもらったそうで、まぁそれで当然生活には困っていたホームレスは、犯行に加担することを引き受けたようなんですがね」 「はあ」 「しかし一つ引っかかることがありましてね」 「何ですか?」 「ええ。犯人はホームレスの過去の事情について随分詳しかったようですが、そもそも彼らホームレスは、あまり自分の過去を人に話すような事はないと思うんですけどね。だからホームレスの過去の人生について詳しい他人というのも限られてしまう。例えば、前に勤めていた会社の時の知り合いだとか同僚だとか…」 「なるほど」 「それで、そのホームレスが前に勤めていたリフォーム会社の人間をちょっと調べてみたんですが、容疑者と言えるような人物はいませんでした。そもそも会社をクビになった後、彼がホームレスになっていることを知っている者もいませんでした」 「会社での人間関係が希薄だったんですかね?」 「そうかもしれません。ただですね」 「はい?」 「彼らホームレスは、自分と同じ境遇の人間には自分の過去のことや自分のことについて話したりする事はあると思うんですよね」 「はあ」 「それで、そのホームレスの寝床のダンボールハウス周辺にいる他のホームレスに当たってみたところ、2人ほど仲の良い人物が過去の境遇について知っていましたよ」 「では、その近くにいたホームレスが犯人ですか?」 「いえいえ、彼らは見るからにそんなことが出来るタマではありませんでしたし、その時間には自分のダンボールハウスにいたアリバイが証明されました」 「そうですか」 「だから、その犯行に利用されたホームレスにね、過去に自分の話を誰かにしたことがないか?と何度か聞いてみました」 「ええ…」 「そしたらですね、前にあの公園のトイレの裏で、あそこでいつものようにワンカップ大関を飲んでいたら、自分と似たような薄汚れたホームレスのような男がやって来て、一緒に酒盛りをしようということになり、ウイスキーを飲ませてくれたそうです。その時に久しぶりに美味なウイスキーを飲んで気持ちがよくなったらしく、相手に自分の過去の境遇や、自分がホームレスで、ちょっと前までリフォーム会社に勤めていたがクビになったこと、どういう仕事をしていたかなどを調子よくベラベラ喋ったことを思い出してくれました」 越前屋はそう言うと、急に不敵な笑みを浮かべた。 「…。」 「その時、ウイスキーを飲ませてくれたホームレス風の男について聞くと、男はウイスキーを瓶ごと飲み、所謂ラッパ飲みをしていたと言っていました。ウイスキーをストレートで瓶からラッパ飲みする飲み方をする相手だったようですよ」 「…。」 「しかしですね、残念なことに、相手の顔までは覚えていませんでした。相手は帽子を被った上に長髪で顔中髭だらけだったそうで、よく顔が見えなかったそうなんです」 越前屋はまた、随分と残念そうにそう言った。 「そうですか」 良かった… あの時、帽子とカツラとニセの髭をつけてわざわざ変装しておいて… 俺は少し胸を撫で下ろしながら、また越前屋に対して、わざと同情的な表情をした。  残念だったな、フフフ。
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