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「それでですね、では真犯人はどうして胡桃沢家の幸太君を誘拐のターゲットに選んだのかという事なんですが」
越前屋はおもむろにそう呟いた。
「ええ」
「確かに胡桃沢家は裕福な家庭ですが、そう特別大金持ちというわけでもない。最近になって幸太君のお父さんの会社がわりと業績好調だった事は確かなようですが、しかしその会社は株式上場もしていないから、それほど会社が儲かっていることが有名なわけでもない」
何が言いたい?
俺は少し気になった。
「という事は、幸太君のお父さんと同じ業界の人間か、もしくは胡桃沢家についてよく知っている人物が目をつけたという可能性が高い気がしました」
「はあ」
「そこで調べてみましたところ、胡桃沢家と一時的にですが、懇意にしていた人物がいました」
「誰ですか?それは」
「幸太君が一時期病院に入院していた時に仲良くなった子がいました。その子の付き添いでいつも病院に来ていたおじさんです」
越前屋はそう言うと、目を光らせた。
「その人が何か?」
「ええ。幸太君は入院はしたんですが、その同じ病院に先に入院していた子とほとんど同学年だったのもあって随分と仲良くなり、なんでも病院の中では凄くハシャいでいたそうです」
「まぁ子供ですからね」
「いや、幸太君は学校ではいつもボーっとしていたり、居眠りばかりして学校を遅刻したりして、普段はそんなにハシャぎ回る子供じゃなかったそうです。それでご両親が気になって入院させようという話になったんです。でもその子とは随分と仲良くなって、病院の中ではかなり明るく振る舞っていたそうなんですね」
「まあ、それはそれでいいんじゃないですか。元気なわけだし」
「ええ。ただですね、それでふざけてると思った幸太君のお父さんがですね、やたら幸太君を叱って、どうやら手をあげたりしたこともあったようなんです。それで、お父さんと幸太君は口を利かない関係になってしまったようです」
「はあ」
「病院側も少し困惑したようで、結局幸太君は学校がサボりたいから遅刻したりしていたんだということになりまして退院したんです。でもその時、その相手の子供の付き添いのおじさんが、この人は幸太君とは全く面識がないみたいなんですが、相手のお父さん、お母さんに申し訳ないと思ったんでしょうね、随分丁寧に謝罪に来られたそうです」
「そうですか」
「ただこの付き添いのおじさんや相手の子が何か悪い事をしたわけでも何でもないので、幸太君のお父さん、お母さんは逆に申し訳なく思い、そんなに謝らないでくださいと言っていたそうなんですが、その時にちょっとそのおじさんとお父さんとお母さんが世間話を色々したようです」
「世間話?」
「ええ。その時に胡桃沢家のこと、幸太君について困っていること、またはお父さんの会社や仕事のことなど話したようです。それでお父さんとお母さんはそのおじさんと少し仲良くなったようなんですが、結局すぐに幸太君が退院してしまったので、それ以降は会っていないそうです」
「そうですか。でもそんな世間話なんて普通にするものじゃないですか?そのおじさんとお父さん、お母さんの間だけじゃなくても…」
「まぁそうなんですが、ただお父さんもお母さんも幸太君が学校をサボったり学校でボーっとしていたりすることを恥ずかしく思っていたようで、あんまり幸太君の話を他人にはしなかったみたいなんですね」
「なるほど」
「でもそのおじさんは、幸太君のことで、謂わば逆に迷惑をかけてしまった相手ですよね。その相手から謝ってこられたものだから、どうも色々話し込んだようなんですね」
「そうでしたか」
「ええ。で、まぁ一応、そのおじさんについても調べてみたんですが」
「はあ」
「この人、室伏誠一という人でした。昔は医者をやっていたそうですが、今は派遣の仕事で働いていました。小さな古いアパートに住んでいる人で、まぁそう裕福な人ではないようです」
「そうですか」
「しかしですね、驚いたことにこの室伏さんという人、実は、殺された4人の男のうちの二人が容疑者として事情聴取を受けた、さっきお話しした誘拐事件の、その誘拐された子供のお父さんだったんですよ」
「え?!」
「あの誘拐事件は子供が一人誘拐されて、金の受け渡しは済んだんですが、その後犯人は子供を返してこなかったようです。それで残念なことに、その後、その誘拐された子供は遺体で発見されました」
「そうなんですか…」
「ええ、酷い事件です。それでその二人が事情聴取を受けたんですが、警察は誘拐犯の仲間にアリバイを聞いて嘘の証言を信じ込んでしまったものだから、二人を帰してしまいました」
「そんな…」
「ええ、そう仰るのも無理はありません。実際、完全な警察の失態です。しかもその時、事情聴取を受けた二人は、子供を拐った現場で目撃されていたのにです」
「ふーむ」
「一人は、随分と優しそうに誘拐された子供に話しかけて一緒に遊んでいたそうです。それでいつの間にか子供を拐ってしまいました。でも、その男の顔をはっきり見た目撃証言がなかったために、ちょっと証言としては弱かったんですね」
「そうですか」
「そしてもう一人は、手の甲に特徴的な蛇のタトゥーをしている男が目撃されていました」
「はあ」
「優しそうな顔をして子供と遊んでいた男は、背格好などの証言から前科者リストを割り出して、それで一人の男を容疑者として事情聴取し、手の甲に蛇のタトゥーのある男も同じく前科者リストからピックアップして尋問したんですが、結局アリバイ証言がものを言ってしまい、彼らは解き放たれてしまいました」
越前屋は無念そうな表情でそう言った。
「そうでしたか」
「その時、その被害者の子供のお父さんが、後々まで目撃証言をした人たちに直接会って色々話を聞いていたようなんですね。それで二人が解放された後も、警察の方に再捜査をお願いしていたそうなんですが…。結局、事件は迷宮入りしてしまい、未だ犯人は捕まっていません」
越前屋は悔しそうな顔でそう呟いた。
「そうですか」
「それで私、思ったんですがね。誘拐された幸太君の近くにいた人物で、幸太君の事や胡桃沢家の事、またはそのお父さんの仕事の事まで色々聞いて知っていたという数少ない人間が、この度殺された4人の男たちの内の二人が容疑をかけられた誘拐事件の被害者のお父さんだった…。これが果たして偶然だろうか?いやそんな偶然があるだろうか?と…」
「…。」
「やはり偶然ではないと思いますね。という事は、この度の誘拐事件を計画した真犯人は、その室伏という人物で、その室伏という男は、自分の息子を誘拐し殺害したかもしれない連中に話を持ちかけて、幸太君を誘拐したということになる」
越前屋はまた目を光らせた。
「どういうことですか?」
「つまりですね、この誘拐事件の真犯人の本当の目的は、誘拐ではないということですよ」
「え?!」
「犯人の本当の狙いは、自分の息子を誘拐し殺害したあの4人を殺すことの方にあったんじゃないか?私はそう思うんですけどね」
越前屋はそう言うと、真摯な表情を浮かべた。
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