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「…。」
俺は何も言えず、黙って越前屋の視線を逸らした。
その時、越前屋は一瞬、憐れんだような表情で俺を見た気がした。
「しかし、真犯人が室伏という男だと仮定して、その犯行の真の目的が誘拐ではなく、実は4人の自分の子供を誘拐し殺害した男たちを殺し、復讐することにあったとするならばですね、当然一つの疑問が出てきます」
越前屋は静かにそう呟いた。
「ええ…」
「復讐するなら何も誘拐事件など起こさず、彼ら4人を、何か口実をつけてまとめて呼び出して、殺せばいいだけです。彼らの信頼を得るために誘拐計画の話を持ちかけ、仲間になったにしても、わざわざ誘拐事件まで起こすというのはちょっと不自然に思います」
「なるほど」
「しかし犯人がどうしても、どんなことがあっても5000万円もの大金が必要な事情があったとしたら?と考えてみましたところ、この謎は氷解しました」
「はあ」
「この室伏という人は病気で入院している子供の付き添いをしていたおじさんです。普通なら両親が付き添うはずなのに、変だなと思って調べてみましたら、その子供というのは、室伏が住んでいる古いアパートの住人でした」
「そうですか」
「しかし住人と言っても、随分前に母1人子1人で暮らしていたはずが、母親がいつの間にかどこかの若い男と消えてしまい、その子は狭い部屋に一人取り残されていたようです」
「…。」
「アパートの管理人さんの話では、それで一人ぼっちで取り残された、つまり母親に捨てられた子供を、不憫に思ったその室伏という男が引き取って、まるで我が子のように、その子と一緒に自分の部屋で暮らしていたそうです」
「ふーむ」
「しかしその子はですね、難病にかかっていたようで、それで室伏はすぐに子供を病院に入院させたようです。そこで胡桃沢家の人々と知り合ったわけですが、その子の難病は拘束型心筋症と診断され、心臓移植が必要で、半年以内にドイツで移植手術を受けなければ助からないようです」
「…。」
「たぶん、室伏がどうしても大金が必要だったのは、この子の海外での移植手術の費用のためだったのではないかと思います」
「そうですか…」
「そのために誘拐計画を立て、病院で知り合ったわりと裕福な胡桃沢家の幸太君を誘拐した。そして自分の子供を誘拐し殺した犯人たち4人に誘拐計画の話を持ちかけ、仲間になり、計画が成功したところで、4人の男たちを殺し、我が子の復讐をしたのではないかと」
「…。」
「管理人さんの話では、室伏はちょっと前まで、かなり荒れた生活をしていたようです。調べによると、自分の子供が誘拐されて殺された後、家庭が崩壊してしまい離婚し、自暴自棄になって医師も辞めてその古いアパートに流れ着くように住んでいたようなのですが、そこで毎日、ウイスキーを瓶ごとラッパ飲みして酔っ払い続けていたようです。管理人さんが酔っ払って倒れている室伏を介抱して、部屋に連れ帰ったことも何度かあったようです。それが、その子供、橋詰隆君というんですが、隆君と一緒に暮らすようになってからは随分と真面目に働くようになり、前のように酔っ払ってる姿を見かけなくなったそうです。いつも隆君と一緒に外に出かけたりして仲良く暮らしていたようです。まさに親代わり、自分の息子のように大事にしていたそうです」
「はあ…」
「それで、ちょっと前まで隆君は日本の病院でずっと入院したまま手術費用の関係で海外に手術を受けに行くことが中々出来なかったようですが、しかし、つい最近、海外の口座に8000万円が振り込まれました。それで隆君は急遽ドイツに送られ、現在、心臓の移植手術を受けているそうです。室伏はこのところ、医師の時代に残した私財を投げ売っていたこともわかりました。おそらくそれが5000万円との差額の3000万に相当すると思います」
5000万は、金が手に入ってすぐに、急いで海外の口座に振り込んだ。
俺の計画はこれで終了だった。
一日も早く、隆に、ドイツで移植手術を受けさせなければならない。
なんとしても…
それだけを願った…。
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