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「今どこにいますか?」
それは澄んだ女の声。突然かかってきた電話にもしもし、と答えると脈略もなくそう聞かれた。よくわからないままとりあえず、現状報告をする。
「宮島」
「ミ、ミヤジマァ?」
「宮島ですが?」
それがどうかしたのか、そう思って語尾が自然に上がる。
秋の三連休を用いて旅行に来た広島県の宮島。午前中に厳島神社見て回った後、その辺にいる鹿と戯れている。いや、戯れているというより餌を求めている鹿に一方的に追われているわけだが、楽しいので良しとしよう。
「あの、ミヤジマとはいったいどこの地域の島で?」
不思議なことを聞く。が、気分がよかったので丁寧に答えてやることにした。
「中国地方、広島県の宮島だ」
「どこ?」
さっきまで自分のことを追っていた鹿たちは走ることに疲れたのか回れ右して俺の元から去って行った。楽しかったのに。
しかし、どこと聞かれるとはなぁ。まさか世界遺産、厳島神社を知らないのか。いや、そもそも……
「あんた誰?」
電話番号は非通知、聞いたことがない若い女声、さてこれはいったい誰なのか。
「……この声を聴いても思い出せませんか?」
急に乙女チックなこと言いやがる。
「じゃあ、お前はまず俺のことがわかるのかよ」
「ルチハ様ですよね? 名門ホークエッジ家の剣聖と呼ばれている、私の許嫁の」
いや誰だそれ。マイネームイズ千春。
「電話番号間違えてない? そのホークエッチ家? とか聞いたことないし」
「ホークエッジ家です! ……いえ、そうではなくて本当にルチハ様ではないんですか? 声もそっくりなのに」
本当ならこっちから切ってしまえばいいんだろうけど、なんとなくそんな気にはならない。この声、全く聞いたことがないはずなのにどこか知っている気がするのだ。
「……いいえ、やはりルチハ様に違いありません。私がルチハ様を間違えるはずがありませんもの。宮島ですね、少々お待ちを」
そこでぷつんと通話が途切れる。何だったんだろう。頭をポリポリと掻きながら、まぁいいか、と携帯をポケットにしまった。
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