20 合鍵

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 俺の頭に碧さんとの出来事が過ぎった。碧さんにしたことと同じことを杉村にもしたとは思えない。そう思いたくはない。  樹は大きく息を吐いてこちらを見た。その瞬間俺の足は意図に反し、半歩後ずさっていた。 「洵」 「なんで杉村がいるの」  樹がなにかを言いかけたがすぐに答えない。 「続きって、なに」 「洵、待って」 「なんで杉村を部屋に入れたの」  樹が俺の腕をつかんだ。 「話す。話すから……帰らないで」  樹が俺の表情を確かめるように見て、つかんでいた腕を自分のほうに引き、俺は樹に抱きとめられた。樹のコートのフードに顔を伏せる。いつもと変わらない樹の匂いと体温を感じ、俺は少しだけ落ち着きを取り戻した。 「驚かせて、ごめん」  樹が頬を寄せ、俺の首元に樹の艶のある髪が触れた。 「コート脱いで、お茶入れよう」  樹の囁くような甘い声が戻ってきた。俺はうなずき、背中に回していた手を離した。  俺たちは買い物袋の中身を冷蔵庫にしまい、樹が電気ケトルでお湯を沸かした。俺がここに来るようになってから、樹はお茶を用意してくれるようになっていた。  キッチンで樹はお湯が沸くまでの間、考え事をしている様子でケトルを見守っていた。  俺は樹を拒否するような態度をとった自分自身に驚いていた。疑ったつもりはないのに、碧さんとのことを連想してしまった自分のことを考え、目の前にあった光景をしたくもないのに反芻していた。  樹があったかい緑茶を満たしたマグカップを手に、ベッドにもたれていた俺の隣に座った。揃いのマグカップで、俺が使っている深い緑色のカップを手渡されひと口飲むと、身体がじんわりと温まる。樹も自分の青色のマグを持ち、ひと口啜ると息をついた。 「予定より教授との話が早く終わったんだ」  樹が話しはじめた。  樹は今日卒論の件で教授に相談があると言っていた。教授の予定が変わったのだろう。 「鍵を閉めようとしたときに急にあいつが入って来たんだ。止める間もなかった」  俺はさっき杉村が消えた玄関を見た。樹は靴を脱いでから鍵を閉める習慣があった。その間に入り込まれたのだろうか。 「杉村を帰らせようとしてもみ合いになって、倒れた。そこへ洵が帰ってきた。それだけなんだ」 「杉村が、続きしたいんだろって言ってたのは?」  樹が腹立たしげに眉を寄せた。 「続きなんてなにもない。あいつが勝手に言っただけだよ」 「杉村は他になにか言ってたの」  樹は一度口をつぐみ、続けた。 「自分を選べって」 「他には」 「俺が洵を選んだことが納得できないって言ってた」 「他にもあるんでしょ」  樹は俺を見つめたあと、言った。 「付き合わないならどうなるかわかってるのかって。俺も、洵も」 「……」 「どうしても許せないらしい。俺が洵といるのが」
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