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寒くなってくると、この次のことを考えはじめる。冬という区切りを前に、先の展望について考えを巡らせるようになる。これもその一つなのかな。俺はそう結論づけた。
「ソエジマの噂はよく聞いたけどね」
ゲイの知り合いは多くはない。だいたいのことは行きつけのバーで聞いた。あの子大丈夫なの、と知り合いのお姉さんに聞かれたこともある。それほど仲良くないんですよね、と答えた。けれどその人が俺に尋ねるということは、外から見ると副島と俺は親しく見えるのかもしれない。
「ミサカ、かわいいな」
「え?」
副島がミルクティーを飲みながら考え込んでいた俺を見て副島が笑った。よく見る皮肉げな笑いかたではなく、ふっと、体温が匂ってくるような優しい表情だった。どきっとした。
目のやり場に困って、視線を周囲に向け、また副島に戻ってきたときには、もうその優しさの残り香だけになっていた。
「なに言ってんの」
俺の考え込むところの、どこがかわいいになるんだ?
自分を落ち着かせるために、ため息をついた。
意識したくないし、期待もないほうがいい。
それから俺たちはいつもより長く話した。
何度も間を取りながら、空を見ながら、ぽつぽつと。
隣にいる俺に、副島はいつまでいるのか、とかそんなことは聞かなかった。俺もいつまでも帰らない副島を茶化すことはなかった。
日が落ちかけ、空に一番星が見えるころになって話が途切れた。
「そろそろ帰るか」
ずいぶん長い立ち話だった。
副島がこちらを見て眉をしかめる。どうしたのかと思っているうちに、彼は自分の上着を脱いで俺の肩にかけた。
「寒かったな。悪い」
びっくりしてなにも言えずに副島を見た。副島はやはりまたなにか言いたげな表情をして、背を向けた。また振り返る。
「明日、返して」
「え」
俺が来たのとは別の方向に遠ざかっていく。なにが起こったのかすぐに理解できなかった。
副島が角を曲がるまで見送る。
「……急に、なに」
ひとりつぶやく。
急に優しくして。どうしたの。
眉をしかめたのは、多分、俺が寒そうにしていることになぜ気づかなかったのかという意味。
俺はふわふわと地に足のつかない気分のまま、家路についた。上着を羽織ったまま。副島のぬくもりに抱かれてるみたいで、袖を通したくなかった。それも幻想なんだけど。
自分の部屋に着く頃になって、俺はようやく気がついた。
副島との間に、はじめて約束ができた。
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