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「あなたは男の子なのよ! 女の子の格好をしても男の子なの!」
「違う! 私は女の子だ!」
「何が違うの!? 母さんを悲しませないで!」
その晩、私と母さんは激しい喧嘩をした。父さんが残業で遅くなったため仲裁に入る人はいなかった。
「悲しいのはこっちだよ! 何が気に入らないの? 私は私らしく生きているだけだ!」
「何が私らしくよ! そんなの普通じゃないから!」
「普通なんて何が普通だよ! 男の子として生きるほうが私にとっては普通じゃない!」
「いい加減にしなさい!」
母さんの右手が私の左頬を叩く。じわりと痛みが広がる。私は母さんを睨み付けた。
「その目は何!? あなたが悪いのよ!」
母さんは血走った目をして、近くにあった筆立てから鋏を手にする。
「男の子らしくしなさい!」
母さんが私の髪を掴む。ザクリと鈍い男がして私の髪がハラリと落ちた。
私は自分の髪が切られたことに腰が抜ける。
「酷い……」
「何がよ!」
母さんはさらに私の髪を切ろうと鋏を向ける。
「やめてよ!」
訴えも虚しくまたザクリと切られる。
「父さん!」
私は思い切り叫んだ。呼べる人は父さんしかいなかった。
「あの人がいけないんだ!」
母さんはまた私の髪を切ろうと鋏を向ける。
「樹!」
父さんの声が聞こえる。やっと帰ってきてくれた。
「やめるんだ!」
母さんと私の間に父さんが割り込む。
「あなた避けて! 樹は今日、男の子とキスしてたのよ! そんなの許せるの!?」
パンと乾いた音に僕はつい目の前の父さんの背中を見上げた。
「樹は女の子だ! 男の子の体に生まれただけだ! 女の子が男の子と恋愛してもおかしくないだろう! いい加減に樹を苦しめるな!」
父さんが母さんを叩いた。父さんが母さんに暴力を振るったのを見るのははじめてだった。
「何よ……」
母さんは言葉を紡げなかった。
「樹に謝るんだ。君が認めたくないのは分かる。ただそれを押し付けるのは樹にとって幸せなことなのか? 君だって今までの樹を見てきたなら分かるだろう?」
「私だって……私だって女の子が欲しかった。でもでも、あなたは男の子が欲しいって言ってたじゃない!」
「男の子でも女の子でも樹は僕たちの大切な子供であることに変わりはない。僕たちが樹に望むことは、男の子らしくとか女の子らしくではなくて、樹が幸せになることじゃないのかい?」
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