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父さんが母さんを諭す言葉に涙が出る。髪が切られたことより母さんも父さんも私のことを考えていてくれたのだと思うと涙が出る。
「ごめんなさい……」
母さんははっきりとそう言った。その謝罪は父さんに対してなのか私に対してなのかは父さんの背中に阻まれて見えなかった。だが、父さんは振り返り私を抱き締めてくれた。
「綺麗な髪だったのにな」
「いいよ。また伸びるから……」
その日から母さんは、男の子らしくしなさいとは言わなくなった。私が女の子として生きることを歓迎している訳ではないだろうが、この日を境に心境の変化があったのは確かだろう。
その時、付き合っていた彼とは高校に上がる前には別れた。私が一方的に振られたのは、例え細身であったとしても体つきが男のものであったからだろう。恨むつもりはない。どうしても乗り越えならない壁はあるのだ。心は女の子だとしても体は男の子なんだ。
母さんに髪を切られてから、時々ショートカットにすることも増えた。父さんが髪の短い女の子も可愛いからと慰めてくれたのと女の子の象徴は髪の長さじゃないと思えるようになったから。
バイトも始めた。父さんにも母さんにもバイトを始める理由は言わなかったが、二人とも快諾をしてくれた。そこで知ったのは男性が私という一人称を使ってもおかしくはないということ。世の中は意外と寛容な人が多いこと。コンビニバイトだったけれど、髪を縛りスカートをはかなければ、何の問題もなかった。私は喉仏が気になりだした頃に決めたことがある。その資金を貯めるためのバイトだ。
ある程度の余裕ができてから、私はホルモン療法を始めた。両親はそれに対しても何も言わなかった。高くなる声に徐々に膨らむ胸にきっと覚悟はしていたのだろう。
日々の会話も生活も、私を女の子として扱うものだった。そうなると母さんも外で私のことを娘だと紹介してくれる。父さんも私と一緒に出掛けることを嬉しそうにしている。
父さんと二人で出掛けるときは、つい腕を組んでみたりもする。
「ねぇ父さん、後悔してない?」
そんな時はつい確認したくもなるのだ。
「何をだ? 樹はちゃんと僕の娘だよ」
母さんが父さんを選んだのは、そういうところなのだろうと私は予測する。
それは子供から見ても自慢できるところだ。この人の子供に生まれて良かったと。
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