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その日は夜半から雨が降り、朝焼けとともに止んだ
楓花は早めに学校に来てビオトープへ向かった
すっかりお気に入りの場所になっていた
人目を気にせず自然とふれあえる場所は、都会ではそう多くはない
道端に咲く花に見とれようものなら、不審者と思われる
楓花はIKEAのショッピングバックからスケッチブックを取り出して、小川沿いの石の上に座った
「あ、昨日の暴力女」
誰もいないと思っていた空間に、突如男の声が割って入った
声のした方を振り向くと、昨日楓花がストレートで腹パンした男子生徒が立っていた
手には菓子パンとストローが刺さった1リットルの牛乳パックを持っている
「お前こそ、昨日100円パクったセコ男じゃん」
「…口悪いなあ」
森がフェンスに近づいてきて手招きした
「ほら、返すよ」
楓花は立ち上がってフェンスのところに向かった
「ん」
森が拳を突き出して来たので手のひらを差し出すと、ポトンとパチンコ玉が落ちてきた
「昨日すっちゃった。あんたの100円もその軍資金の一部となりましたとさ」
ははは
森は笑いながらフェンスを離れ、自動販売機によりかかって立った
楓花はまた一発食らわせてやろうと思ったが、距離を取られては手出しできない
「不良が朝から学校に来るな!」
楓花は悔し紛れに叫ぶと小川の淵に戻った
朝の汚れのない神聖な雰囲気が一気にぶち壊された気になった
「俺不良じゃないよ。口が悪いだけ」
森は菓子パンをいっぱいに含んだ口でモゴモゴと喋った
「口と性格だろ?」
「あんた、そんなんでよく清白に入学できたなあ…」
「その言葉、そっくりそのまま返します」
「てかあんたさっきから何やってんの?朝の万里の長城は誰もいないからいいのにさあ」
森がフェンスの越しに楓花のスケッチブックを覗こうとした
楓花はスケッチブックをお腹で隠すとフェンスのところにやって来た
「見たいか?」
「うん」
「じゃあ見せてやる!」
楓花はスケッチブックのお腹に当てていた面を裏返した
「わっ!」
森が驚いて後ずさった
そこにはF8サイズのスケッチブックいっぱいに蜘蛛の巣を作る蜘蛛の絵が描かれていた
「何これ。あんたわざわざ朝早く学校に来て、こんなもの描いてたの?」
「こんなものとはなんだ。プログラミングされたような美しい作業だぞ。雨の上がった朝なんかは、雨で壊れた巣を修理するから、よく見ることができる」
楓花はスケッチブックをめくった
幼虫、毛虫、ヒル、カエル、蝶など、昆虫を中心に小動物がたくさん描かれたいた
そのどれもが、鉛筆一本で描かれたとは思えないほど臨場感に溢れていた
「あんた、美術部なの?」
「俺は昨日、生物部に正式に入部した」
「生物部?」
「そう。昆虫が好きなんだ」
そう言って笑った楓花の胸元には蛍の形をしたブローチがついていた
「趣味悪っ…」
森は思わず口から出てしまった言葉を隠そうと手で口を覆った
だが遅かった
楓花は拳を握りしめ、フェンスの間から森の腹めがけてストレートを繰り出した
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