第1章[鞘と刀治]

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「え、いつもコンビニ食なんですか?」 刀治と並んだ状態で、鞘は後片付けを手伝っている。 食べさせてもらった礼にと自分から申し出たのだが、皿を大量に洗うにしても 久しぶりで、鞘は食べていたときより緊張していた。 矢崎家は自身の部屋よりも二部屋ぶん多くある以外は、部屋の間取りは ほとんど変わらす、カウンターで仕切られたキッチンも同じ構造だった。 それでも、部屋全体を包み込むものが違い過ぎていた。 冷蔵庫の大きさ、調味料の多さ、自家製なのか付け込まれた瓶の数々、 それらも含めて、鞘には別世界のようだ。 「まあ、うん。つくれない」 皿を割らないようにと気を付けるのに必死で、鞘はうまく返事が できないでいる。 「俺、作りましょうか?」 「は?」 刀治の言ってきたことが、今夜の出来事よりも唐突で、鞘は持っていた 皿を落としかけた。 「いや、あの、ちょっと待って、洗うのに集中させて!」 もはや敬語を使う余裕さえ鞘にはなかった。 それに対して刀治が声を上げて笑った。 「だって、コンビニ弁当は確かにおいしいけど、それ以外もおいしいですよ。 言ったでしょ、俺、料理は得意だって。作って差し入れしましょうか?」 鞘はさすがに困惑していた。 「でも、受験生にそんなことさせられないよ」 「いえ、勉強漬けには息抜きが必要です、料理は息抜きになるんです」 そして、ようやく片付けを終え、改めてリビングで日本茶を飲みながら 刀治が差し入れをすることの、ちょっとした会議が開かれた。 「刀治、もちろん毎日はダメよ。逆に気を遣わせてしまうから」 明るい栗色の髪に染めた小柄で健康的で美しい母親が言ってきた。 「土曜日は塾が休みだし、翌日が日曜日でゆっくりできるんじゃないか?」 体格のいい大らかな雰囲気の父親が言ってきた。 そこで鞘は、玄関先でただ受け取るだけではそっけないとおもい、 一緒に食べようと刀冶を誘ってみた。 そして差し入れのお礼として、受験勉強の手助けがしたいとも。 「仕事で疲れてるのに、週末にそんなことしたら余計に疲れませんか?」 「僕にとっては、それが生き抜きになるんだよ」 「なら、ぜひ、おねがいします」 「うん、頑張ろうね」 「はい!」 そうして、土曜日の夜に一緒に食事をして、勉強を教える。 そんな日々が始まったのだ。
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