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プロローグ
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春から逃げたくなったのです。
桜が咲くのを待たずして逝こうと想います。
岸井鞘
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2004年(平成17年)
投身自殺した27歳の男性会社員は
そんな遺書を鞄の中に残していた。
関東ではまだ桜の開花していない時期、3月17日、水曜日......。
東京都内の大手企業に勤めるエリートサラリーマンが、通勤帰りの途中に
川へと飛び込んだのだ。
多くの人々が同じように家路へと歩いているなかで、橋の欄干の上に人が
立っていることに気づき、ざわつき始めた直後、誰かしらが止める間もなく
一瞬にして橋の下へと消えていった。
文字通り......彼はまるで消えたかのように、遺体は発見されなかった。
警察の捜査から事件性はないと断定されてからも、マスコミが群がり、
テレビ番組にも取り上げられた。
遺書の文面に風流さがあったことまで公開され、それも話題になったのだ。
自殺した青年、岸井鞘(きしい さや)の住むマンションの隣室は、両親と
息子の3人家族だった。
その家族のひとり息子、高校三年生の少年、矢崎刀冶(やさき とうじ)が
顔出しせずにテレビのインタビューに応じた。
「いつも夜遅くに疲れて帰るので心配になって......。
週末には夕飯をつくりに行ってあげていました」
と、話す姿が映された。
そのエピソードから、彼の勤める会社がブラック企業だったのでないかと
憶測も流れるようになり、しかも総務課の課長が2ヶ月前に失踪している
ことまで明るみになった。
謎の失踪と、謎の自殺......。
人々は興味本位と好奇心と、企業の抱える闇の怪しさに騒ぎ立てた。
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