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魔法の鏡
知っている道の反対を行く。それ以外方法はない。
解っているけど、頭がこんがらがる。
此処は鏡の中だと何度も言い聞かせた。それだけ私は焦っていた。
勢いで冒険に出てしまったからだった。それも無理やりチビを引き摺り込んで……。
「えーと、お茶碗を持つ方が左」
そう言いながら、お箸で食べる真似をする。
「お姉さん。それは右手だよ」
チビが素早く突っ込みを入れる。
解っていながらやってしまう。
頭が悪いせいもあるけれど、鏡の中はやはり迷路だった。
私の家は少し高台だけど海の傍だった。
パパとの記憶は忘れていたけど、海にはよく来ていた。それはきっとこの日のためなのかも知れない。
頭の中で整理してみる。でも出来るはずがない。
だって私は元々方向音痴だったのだ。でも此処で頑張るしか道はないのだ。
チビを頼るしかないと思うけど、きっと似たり寄ったりの事しか出来ないと思う。
だって、チビは元々私なのだから……
昼間と夜ではいくら住み慣れた街中でも勝手が違う。まして此処は鏡の中なのだ。右左逆転だけでは済みそうもない。それでも行くしかなかった。
鏡の世界に手間取りながら、どうにかこうにかたどり着いた海。
出来の悪い頭で必死になって考えた末に、やっとここまで来られたのだ。
十年前にお・ね・え・さんと探検した鏡の中にいたパパ。
詳しい経緯良くは覚えていない……
それでも……やはりパパの手掛かりは海しかないのだ。
だってパパは外国航路の船長なのだから。
パパは客船が海賊らしき船に襲われた事で、行方不明になっていたのだから。
(此処しか……この海しかない)
マジでそう思っていた。
まるで万歳のコントのような調子で、其処まで来た私達。
そんな二人を待っていた物は、小さな手漕ぎボートだった。
他には何もなかった。
「此処海だよね?」
私が言った。
「なんで海に船が無いの?」
私は震えていた。
「これで来いって言うことだねきっと」
珍しくチビが言う。
「そうみたいだね」
「パパ、きっと待っているね。早く行こうよ」
チビは積極的だった。
(チビ……アンタどうかしてる。だって泳げないんだろー)
そうなのだ。
私は泳ぎが超苦手だったのだ。
何時か行ったアトラクションだと思っていた。
そう遊園地の海エリアの……
だから楽しい思い出しか覚えていなかったのか?
(今日私達が助けに行くことをパパは知っているのだろうか? パパ解るかな私が……)
考えれば考えるほど怖くなる。
心配だった。
私がパパを忘れていたように、パパも私のことなど忘れてしまったのではないだろうかと。
いやパパは私のことなど知らないはずだ。
だってこの時代に私はまだ居ないのだから。
私ははしゃいでいるチビの目を避けるように、陰で泣いていた。
もっと心配なこと……
ボートが怖かった……
若草物語の女子会四人で遊びに行った湖でボートに乗ったことがある。何故か背筋が凍り付いた。まるで湖に引き込まれてそうに見えたからだった。私はそれ以来ボートが苦手になっていたのだ。
手漕ぎボートで荒海に乗り出す。
(どうせ鏡の中だ)
私は高をくくった。
(転覆なんてある筈もない)
そう思っていた。
その時にはもう相当の体力を使い果たしていたからだ。それはやはり方向音痴のせいだった。全てが反対の鏡のせいだけではなかったのだ。
遠くに船らしき物が見える。
必死にオールを漕ぐ。
でも行く手を遮るかのように何かが近づいて来た。
その背鰭に私は腰を抜かした。
(サメだ!)
恐怖のあまり私はパニックになった。
でもそれは良く見ると、イルカだった。
私達の行動を邪魔でもするかのように、イルカ達が遊んでいた。
「わぁーイルカだー!!」
思わず大きな声を出してはしゃいだ私。
(ヤバい! どうしょう、気付かれる)
そう思った。
(パパを助けに行くんだ。気付かれないようにこっそりやらなきゃ意味がない)
私は肝に命じた。
「シッ!」
私は人差し指を唇に近付け、イルカの群れを追い払おうとした。
その時だった。
イルカが一斉に暴れ出しボートはひっくり返り、船底を晒した。
私はチビを抱いたままで、それに這い上がった。
それを見つけたイルカが遊ぶ。
私は青白い顔を海に写していた。
バスルームでの水鏡が脳裏をよぎった。
(この暗示だったのか!? 引き込まれたら……。パパを助けに行けなくなる!?)
私は祈るような気持ちでイルカを見た。
イルカは図に乗ったらしく悪戯根性むき出しに近付いて来る。
(あれっ……? 十年前……転覆したっけ?)
思い出せない……
私は腕に抱えていたチビに気付いた。
チビはまだ眠っていた。
(えっ!?)
私は呆然としたまま、暫くそのまま固まっていた。
(そうだよね。急に起こされて眠いよね)
私は本当のお姉さんになったような心持ちでチビを見つめていた。
(もう駄目かも知れない)
そんな思いが脳裏をかすめる。
それでもヤケクソだった。
体当たりしてきたイルカの背鰭に手を伸ばした私。
でもそのお陰で、あの船の目の前に流されていた。
チビはまだ眠っていた。
でも本当は……
気を失っていたのかも知れない。
チビもやはりボートが怖かったのだろうか?
楽しい思い出。
だった。
お・ね・え・さんとの出逢い。
冒険。
それは、きっと楽しいことしか記憶して居なかったからなのだろう。
十年後の冒険に、出発させるために……
神様がチビに魔法を掛けたのだ。
そう思った。
イヤ違う……
チビは眠たかっただけなのだろう。
何しろ、この私に突然起こされたのだから。
「よしよしお休み」
私はこの時、母にも似た気持ちになった。
私のせいで気絶したように眠るチビ。
暫くそのままにして置こうと思った。
(でも何故私は全部忘れていたのだろう? 何故私は屋根裏部屋まで忘れていたのだろう?)
不思議だった。
楽しい思い出だったと、何故今言えるのかと……
手を伸ばせばその船に乗れると思っていた。
ところが、甲板に上がれる物は何もなかった。
(もう助からない!)
そう思った瞬間。
船の側面にロープに繋がれたゴンドラのような物が揺れているのを見た。
両端をロープて括った、一言で言うと大きなブランコみたいな物だった。
(助かった。これはきっと荷物の上げ下げに使うとね。でも良く考えてあるな)
私は関心しながら、まずチビをそのうえに乗せた。
現実だと認識していないせいか、何でも出来た。
ウンテイや棒登りはは苦手だった。
それでも必死に上を目指した。
良くビル掃除の時に使われるゴンドラ。
チビと二人で上がって行く。
でもチビはまだ眠っていた。
知らなかった。
お・ね・え・さんがこんなに苦労をしていたなんて。
私はただお・ね・え・さんに守られて……
眠っていた。
私はチビを船に乗せるために頑張った。眠っているチビの体は小さいくせに重かった。きっと無防備に力を抜いているからだろうと思った。
次は私の番だ。私は腕を思いっきり船の縁に掛けた。
その時体が浮き上がったように思えた。
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