(済)いておかえり

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(済)いておかえり

 実家のばあちゃんは、僕が家を出る時、いつも「いておかえり」と言って、送り出してくれた。  ばあちゃんに「いておかえり」の意味を聞いたことがある。  ばあちゃんは嬉しそうに教えてくれた。 『いておかえりは、行っておいで、そして帰っておいでの気持ちだよ。出かけるなら、無事に帰っておいでの「往復キップ」だよ』と……。  そのばあちゃんの息子、僕の父親は、徴兵を待たずに兵隊に行った。  いわゆる少年志願兵だ。  滅私奉公、お国のために……。   父親も、社会がそうであったように、自らの命を捨てることを善とし、戦争に向かったのだろう。  そんな父親を見送る時、ばあちゃんは 『男子たるものお国のために死んで来い!万歳万歳』  と皆と一緒に叫びながらも、心の中で息子に「いておかえり」と往復キップを投げたのだろう。  …………  明日は8月15日、戦争が終わった日 d03b706f-ebe0-43f5-89c5-4ef5e0f899fe  『ばあちゃん、行ってきます』  『ああ、行ってお帰り』  ばあちゃんはとっくに死んじゃったけれど、このやり取りを思い出すたびに思う。  1945年8月14日は日本中の『行って』が消えて  そして、  日本中が『おかえり』で溢れたから、8月15日が産まれたんだろうな、と……。   (了)
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