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 通りすがりの秋風が午後の街を吹きぬけた。  六花(りか)はまくっていた袖を元に戻す。お昼どきのピークがようやく過ぎて、店内は静けさをとり戻している。ちょうど一息ついて、外の様子を見に玄関を出たところだった。  夏にはかき氷屋を営む六花堂(ろっかどう)も、秋から冬にかけてはお汁粉や抹茶ラテを提供するカフェになる。一応、和のテイストを維持しているのは店主である六花のそれなりのこだわりでもあった。  六花は十年ほど前からこの街で暮らしているが、いわゆる人間ではない。人間のふりをした百七十歳を超える妖怪、雪女である。もともとは江戸の世に生まれた人間だった。ひょんなきっかけであやかしの類となり永い眠りについていたが、ふと目を覚ましてこの街にやってきた。  街に降りてきてしばらくは人探しのようなこともしていたが、長い年月を経たこの世に知人などいるはずもない。途方に暮れたあと、やることもないので店を構えるに至った。店はそこそこ繁盛し、今日も六花堂にはたくさんの客がやってきていた。 「……で、なによ」 「だから大変なんだって!」  目の前には膝に手をついて息を切らすふたりの小学生。六花が玄関を出た瞬間に慌てた様子で駆けてきたのだ。まったく、ようやく一息つけると思ったのに。    六花はふたりの少年のことをよく知っている。ひとりは悟くん。今年の夏休みに突如として店の前に現れ、それからは毎日のようにやってきては無銭飲食をくり返すとんでも少年である。いつかご両親に言いつけてやろうと内心企んでいるのだが、悟が昔の友人に少し似ていることもあり、どうにも許してしまう。なぜか六花のことを妖怪だと思っており(まさしく妖怪なのだが)、ひどく横柄な態度で接してくる無礼者である。  もうひとりは茂くん。悟と同じく小学四年生でどうやら悟にとっての無二の親友らしい。いままでひとりだった無銭飲食犯が気づけばふたりに増えていた。このままのペースで増えていったら今年中には六花堂は経営破綻に追いやられてしまう。なんとかして早急に対策を打たねばなるまいと頭を悩ませていたところだった。 「大変なのはお店の赤字のほうなんだけど」 「それどころじゃないんだ」  赤字経営という最重要課題をあっという間に「それどころ」という言葉だけで片付けられた。一体全体、この世の小学生たちはどういう神経をしているのだろうか。困ったものだと溜め息をつきつつ、仕方なく少年たちの話に耳を傾けることにする。 「どうしたのよ」 「茂が不思議な力に目覚めたんだ……!」
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