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「前夜?」
「……俺は、そう呼んでる」
「はあ」
「身に危険が差し迫ったひとの事件前夜を見る力。それが前夜だ」
「どういうこと?」
「あの日、母さんと手を繋いだ瞬間、ビリビリって電気みたいなのが身体中を走って頭の中に不思議な光景が浮かんだんだ」
茂の話を要約するとこういうことだ。母親と手を繋いだ瞬間に不思議な光景が脳裏に浮かんだ。溶き卵にバター、空のケチャップ、ベッドで本を読み聞かせする母親といった光景。それらはザーザーと映像が乱れるように瞳の奥に映り、まるでチャンネルを変えるみたいに移り変わっていったのだという。
「俺、そのときはなにかの勘違いかと思ったんだ。でもその日の晩ごはんはオムライスで、ちょうどケチャップが空になったんだ。寝る前は珍しく母さんが本の読みきかせをしてくれた。ぜんぶ、そのとき見た光景のままだったんだ」
「既視感みたいなものかしらね」
「六花さん、でも肝心なのはこれからなんだ」
自分のことでもないのに偉そうに語る悟の態度に少しイラッときたが、六花はおとなしく話を聞くことにした。
茂は前夜を見た日の夜、ひどく怯えていたそうだ。でも事態はもっと深刻なことに。
──なんと翌日、茂の母親が階段で転んで頭に五針も縫う怪我をしたのだ。
「え?!」
「大きな怪我にはならなかったけど」
「でもその既視感みたいのと翌日のお母さんの怪我は関係ないでしょ?」
茂も当然そう思っていたらしい。しかし、また数日のうちに同じようなことが起きた。今度は夏休みプールの最終日、帰り道に二組の倉田さんと肩がぶつかったときだった。
また全身に電流が流れて、いくつかの光景が脳裏に浮かんだ。晩ごはんを残す倉田さん、8月31日の日付、ランドセルに宿題を詰め込む様子。それらが代わる代わるに目に浮かんだのだという。
そして迎えた始業式の日──。
倉田さんは全校朝礼で校庭に並んだときに貧血で倒れてしまったのだ。
「たまたまじゃ……」
「たまたまじゃない! 俺、とんでもない力に目覚めてしまったんだ」
「六花さん。でも問題は、茂が昨日見た前夜なんだ」
「なに、また見たの?」
「とびきりまずいのを見た」
「誰の前夜よ」
「四年三組担任、秋穂先生の前夜だ」
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