夜の蝶

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 彼女との出会いはネオン輝く夜の街で、彼女は紛れもなく夜の蝶だった。ぼんやりと「夜の蝶とはよく言ったもんだよな」なんて考えながら、最初にこの言葉を考えた人には何かしらの文学賞を与えてもいいんじゃないかなんて発想を飛躍させていた。  ともすれば毒々しいとさえ思えるほどの人目を引く鮮やかさを持つ女性だった。 ただ単に造形が美しいだとか着飾りがハイレベルだとか、そんな浅はかなものではない。 たとえ彼女が声を上げないサナギのように静かに立ち尽くしていたとしても、大多数の男が目を奪われたであろう。かくいう俺だって一目で心を奪われた。  実は彼女は毒蝶か何かの類で、煌びやかなドレスの隙間から絶え間なく人を引き付ける麻薬のような鱗粉を撒き散らしているのではなかろうか? そんなバカなことさえ真剣に考えてしまった。  最初に彼女を見かけたのは、休み前に無理矢理上司に夜の街に連れ出されたある日のこと。 どちらかというと内気な俺はネオン輝く夜の街に繰り出すタイプではなく、決して多いとは言えない友人も類友だったため、夜遊びというものの経験がなかった。  上司だって普段はそんな俺を誘ったりはしない。 いわゆるパリピ? と呼ばれる同僚達は軒並み予定が入っていたようで、1人で行くのも何だから止むなく、といった感じで声をかけられただけだ。  俺はその上司に感謝しているのだが、同時に憎んでもいる。 あの日彼が俺を誘わなければ彼女と出会うことはなかったのだが、彼女と出会ったせいで今後の俺の人生が鬱屈としたものになるのだから、感情の針の振れ幅が大きすぎる。  彼女はいわゆるキャバ嬢と呼ばれる職種の人だったが、凛とした立ち姿に彼女の気位の高さが伺えた。古い言い方をすれば華金だったあの日、夜の街に繰り出した人の往来でごった返す繁華街の中、媚びることのない澄んだ目で観察するかのように夜の街を見渡してた。蝶が蜜を吸う花を見定めるが如く、美しく注意深く視線を巡らせていた。 「あっ……」  透徹した彼女の視線に捉えられた時、俺は思わず目を逸らした。 社会人としてそこそこの稼ぎを得ていたが、その実、周りに流されるように就職して言われるがままに仕事をこなしているだけの自分が無性に恥ずかしくなった。もちろん通りすがりの男の事情など彼女が知る由もないのだ、あまりにも無垢で冷たい視線に空っぽな自分が暴かれた気がして、足早にその場を後にしてしまい上司にいらぬところでお叱りを受ける羽目になった。
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