19人が本棚に入れています
本棚に追加
上司との飲みは気もそぞろなままに時間が過ぎ、特に盛り上がることもないままにお開きとなった。タクシーに乗る上司を見送る間際の「やっぱり別のやつを誘えばよかった」という小さな愚痴を右から左へと受け流し、出発した車に深々とお辞儀をして帰路に就く。
酔い覚ましがてらに普段は通ることのない煌びやかな道を1人歩く。
色とりどりのネオンが慣れない目にチカチカと眩しく、お前の居場所はここにはないぞと警告するかのように点滅していた。
――わかってるよ、社会の付き合いさ。
煌々としたネオンに心の中だけで言い訳をして、わかっているさとさらに歩幅を広げる。途中キャッチと呼ばれているらしい客引きの男に何回か声をかけられたが、サラリーマンの特技でもある愛想笑いと「すみません、別件がありまして」という言葉で何とか乗り切ることができた。
しばらく歩いてようやっと繁華街を抜けた時、これまでに感じたことがない心臓の鼓動に気づいた。日頃の運動不足が祟ったのか、それとも夜の街に子どものように知らず興奮していたのか、それとも街角で目が合っただけの蝶に心奪われたのか。
原因不明の鼓動は収まるところを知らず、日常の中の非日常を味わって高揚していることは間違いなかった。
――このまま家に帰ってもいいのか?
おそらくもう二度とは体験することのない眩しい世界、そこで得た高揚を惰性の帰宅で鎮火させることが正しいのか、不意に疑問が生じた。指先に刺さったトゲ程度だったはずの疑問は歩くうちに成長を遂げ、終いには怪物のような大きさになって俺を飲み込んだ。
必要最低限な家具と多少の漫画本、朝寝坊のせいで出せなかったゴミ袋が待つだけの部屋に舞い戻り、あれは夢だったんだよとシワだらけのシーツのベッドに潜り込むことが今夜の正解なのか?
「違う!!」
思わず叫んだ声にちらほらといた通行人が振り返る。
彼らの視線すらも俺の背中を押して、羞恥と衝動のままに駆け出した。
満月と夏の大三角が綺麗に見て取れる、美しい美しい夏の夜の出来事だった。
最初のコメントを投稿しよう!