星の瞳

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「こんなとこで何してんの?」  耳をくすぐるような声が聞こえてきたのは、飽きもせずに海と空を見つめ始めて数時間が経過した時のことだった。 誰に向けられた声かわからず聞き流していると、「あんただよ、あんた」とお世辞にも良い言葉遣いとは言えない呼びかけがなされる。 「はい?」  思えば振り向きが無防備すぎた。 夏の空気に放心したままの心で後ろへ回した首は、磁石同士が吸い寄せられたかのようにピタッと動きを止めた。  艶やかなキャバドレスからラフな服装へとチェンジしていたものの、口悪く問い詰めてきたのは間違いなくネオン街を舞っていた蝶だった。 「あんたさっきの?」 「あぇっ!?」  なんて情けない声だっただろう。 俺の発した奇声に彼女は「動揺しすぎでしょ!」とケラケラと笑った。そして一通り笑い終えた彼女は、笑いすぎて滲んだ涙を指で拭いながら再び問うた。 「で? 何してんのよ」  笑い終えてこちらをしっかり見据えた彼女の目は、相変わらず冷たく澄んでいた。もうバカにすることなんてないと感じさせる、純然たる疑問とわずかな不満だけが入り交じる目。嘘や誤魔化しは通用しそうになかった。 「街の活気に充てられて、真っすぐ家に帰るのがもったいない気がして」  遠足が楽しすぎた小学生のような、修学旅行が楽しすぎた中学生のような、初デートで別れを惜しむ高校生のような、言葉にできない感情を置き去りにしたくないだけの衝動で砂浜に座り込んでいた。 「ふ~ん……」  やはり彼女は拙い返事をバカにするようなことはしなかった。 その代わりに俺が座っている場所を指さし、口を尖らせて言った。 「そこ、この時間の私の特等席なんだけど」 「ふぇ?」  本日2度目の奇声となったが、笑うのはもう先の奇声で気が済んだのか、「いいからちょっと横にズレてよ」と口では言いつつ、思いっ切り俺を突き飛ばした。  ズシャッと浜辺に横倒れになる俺をふふっと鼻で笑い、1秒前まで俺が座っていた場所に優雅に腰を下ろした。 「何するんですか!」  立ち上がり半身の砂を払いながら責めるも、悪びれた様子もなく「砂払うんなら離れたとこでやりなよ」と眉を顰めた。 何を言っても軽くかわされるな、さすが接客のプロだとか思いながら少し距離を取ると、人懐っこそうな笑顔をクリンと向けて馴れ馴れしく話しかけてきた。 「ねぇねぇ、あんたさっき街にいたでしょ? アタシと目が合ってすぐに逸らしたでしょ?」  3度目となりそうな奇声を何とか堪え、喉の奥に飲み込む。 目が合った気はしていたが、あれだけの人並みの中で本当に自分を見ているとは露ほども思っていなかった。 「どうして目を逸らしたの?」 ――ほらまただ、その目だよ。  こちらに向けられた2つの眼差し、カラコンで一回りも二回りも大きくなっているであろう瞳には、隠しようもない純粋な輝き。まさに今2人の上に浮かぶ星のように、キラキラと眩しい光が目に宿されていた。  彼女が何歳(いくつ)かなんてわからないが、どうやったらこうも無垢な子どもの目のまま育つことができるのだろう。 見たくないものからは目を背け、時には見ていないフリをして濁らせてきた自分の目とは対極過ぎて、再び目を逸らしてしまう。 しかし納得いかずに隣で「あー、またぁ!」と声を上げる彼女のために、何か答えないといけなかった。 「君の目が眩しくて」 ――しまったぁぁあ! 青春ドラマの主役かよ!!  鏡などなくとも赤面していることは明白で、しゃがみ込んで顔を伏せて隠した。古い映画の「君の瞳に乾杯!」だって、字幕テロップに収まるように短く意訳されたものだというのに、俺は初対面の女性になんてクサいセリフを……。もっと違う言い回しがあっただろ!  やり場のない自責の念に囚われていると、隣からクスクスと笑い声が漏れている。それはそうだ、そりゃ笑われるさ。  とりあえず何か言い訳しようと赤くなっているであろう顔を上げると、満面の笑みを浮かべた彼女がジッとこちらを見ていた。  そして一言。 「ありがとう。本当に嬉しい」
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