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「でも、この提案書、よくできてますよねー。自分で作っておきながら、すごいなあと思っちゃいます」
「ですね。頑張りましたしね」
ビアグラスの横に置いた提案書を見ながら、ここまでの日々を思い出していた。
最初の数ヶ月、イケコンの探してきた会社リストで五十社は回ったけれど、ほとんどが門前払いだった。担当者に会えたのが三社で、提案書を出して役員会まで辿り着いたのは、今日の会社が初めて。
お客様の担当者とのやりとりしながら、提案資料を更新していた一ヶ月は、毎日深夜までオフィスで仕事をしていた。昼間の打ち合わせで指摘があれば、その日のうちに英里紗と会議をして方針を決め、翌日には資料を更新してお客様に送る。それを三社相手にしていたので、家に帰ると、シャワーを浴びてバタンと寝るだけの生活だった。
大変だったけれど、相模原工場で、毎日同じことを繰り返していた時より、ずっと充実していた。
「次は、この契約書かあ。早くハンコ押してくれないかなあ」
今日、提出してきた契約書のコピーを提案書の上に重ねた。先方では、法務レビューにかけるということだった。
「契約条件の交渉は、そう簡単にはいかないでしょうね。責任範囲や瑕疵担保責任については、タフな交渉になるかもしれません」
そうかあ。まだまだ道のりは遠いか。
契約書から手を離したところで、どうしたことか横にあったグラスに指が引っかかって、ビールをひっくり返してしまった。
「あー、す、すみません! 大事な書類に!」
イケコンは、横にあったペーパータオルをさっと取り、手際よく濡れた資料を回収して、机の上を拭いてくれた。
「大丈夫ですよ。原本じゃないですから。それよりスーツ大丈夫でしたか?」
最初に会った時もこうだったな。
少しは仕事ができるようになって、一人前になった気がしていたけど、ちっとも私は進歩してないかもしれない。イケコンには、まだまだ教えてもらわないといけないことが、いっぱいある。
手元に置いたケータイが鳴った。また吉岡君からのメッセージだ。
『もう会社出た? 美味しいチーズとワイン買ったよ』
早々に家に帰って、お祝いしたいみたい。でもイケコンが、パントリーから新しいグラスとビールを持ってきている。
まだ、このままイケメンを見ながらビールをいただくか、もう切り上げて、家に帰って吉岡君とお祝いするか。
さあ、どっちを選ぼう?
<完>
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