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5
「いやぁああああああああああッ!!!!!」
その時どこからか女性の叫び声が聞こえてきた。
商店街の路地と建物で反響していた為、皆正確な位置を掴みあぐねている。
バラバラに散らばって動くのを避けたいのだろう。
あっちから聞こえた、こっちから聞こえたという不毛な言い争いを始めている。
「俺らだけで勝手に動くか?」
木立の無謀な申し出に、乱世は黙ったまま首を左右に振ることで否定する。
(好奇心に駆られて動いた結果、はぐれて一人きりになった所を切り裂き魔に襲われる可能性の方が高い)
ふと誰かが走る足音が聞こえた気がして、乱世は今いる商店街のメイン通りから南側にある一本奥の路地へと目を向けた。
同じ学校のセーラー服を着た少女が奥の路地を走り抜ける姿が、南北に伸びる細い路地の隙間から覗く。
言い争いの声に気付いたのだろう少女が、一瞬だけメイン通りに顔を向けた。
暗闇に慣れた乱世の目に少女の顔がはっきりと映る。
その顔を見た瞬間、乱世の動きが止まった。
(秋葉ちゃん……?)
学校を休んでいたはずの秋葉が、制服であるセーラー服を着てまるで何かから逃げるかのように走り去っていく。
「乱世? どうした?」
呆然と立ち止まり、右を向いて路地の先を見つめる乱世に気付いた木立が顔を覗き込んでくる。
幸か不幸か、足音に気付いたのは乱世だけだったようだ。
最悪の予想を振り払う様に乱世は頭を一つ横に振る。
(まだ秋葉が犯人だと決まった訳じゃない。さっきの悲鳴は切り裂き魔とは無関係かもしれないじゃないか)
そう自身に言い聞かせていた乱世は、背後から近付く足音に気付いて木立の首根っこを掴むと右脇の路地へと逃げ込んだ。
「おい、らんっ」
文句を言おうとした木立の口を手でふさぐ。
やがて、なおも言い争いを続けていた残りのクラスメイト達が、眩しいほどの懐中電灯の明かりに照らされる。
先程の悲鳴、それに相当な大声で言い争いをしていたのが聞こえていたのだろう。
近隣住民の誰かが警察を呼んだらしく、駆け付けた制服警官によって言い争いをしていて逃げ遅れた面々は厳重注意を受けている。
状況を把握して大人しくなった木立を解放すると、乱世は一人で路地の奥へと向かっていく。
それに気付いた木立が慌てて後を追いかける。
「どうするつもりだ?」
追いついた木立が念の為に声をひそめて問い掛ける。
答える気がないのか黙ったままの乱世が向かうのは、秋葉が走ってきた方向。つまりは悲鳴が聞こえた東の方角だった。
南北に伸びる路地を一つ一つ確認しながら進んでいた乱世の足が、とある一つの路地で止まる。
同じように歩いていた木立も息をのんで立ち止まった。
「これって……」
「今日の被害者だ」
絞り出した木立の声に、冷静に乱世が答える。
狭い路地の壁や道路は闇に溶けるほど黒く、その中央に倒れる傷だらけの女性の姿が際立って見えた。
不意に空から光が差す。
雲の隙間から隠れていた月が顔を出したようだ。
そしてその光は、壁や道路を黒く見せていた飛び散る液体をこれでもかと照らす。
月の光に照らし出された事件現場は、飛び散った血の色で驚くほど赤黒く染まっている。
「帰るぞ」
言葉を失くしている木立の首根っこを引っ掴むと乱世は再び東へ向かって歩き始める。
しばらく引っ張られるままに引きずられるように歩いていた木立だったが、なんとか意識を持ち直すと首根っこを捕まれていた腕を引っ張り返すことで乱世を立ち止まらせた。
「あの人、どうするんだ?」
「近くには警察もいた。悲鳴を聞いたあいつらもいる。俺達の出る幕はない」
淡々とそれだけ答えると乱世は一足早く路地を抜け出し、すっかり顔を出した月を見上げた。
(今日は満月だったか……)
視線を下ろすと隠すものの無くなった満月の光に照らし出された自身の影に、何かから逃げるように事件現場方向から走り去った秋葉の顔が見えた気がした。
そして同じく月の光に照らされていた、飛び散った赤黒い血しぶきと道路に転がる傷だらけの女性の姿を思い出す。
(状況証拠は揃ってしまった。もしも一緒にいた中の誰かが秋葉の姿を見ていたとしたら、警察に事情を聞かれることになるだろう)
そうなる前にもう一度秋葉に会わなければならないと乱世は感じていた。
あの事件現場で感じた違和感を確認する為にも。
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