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与えられた義務
2月19日。三次侵攻から一週間とあげずに迎えた四次侵攻。
幕府軍の数30,000に対してこちらは33,071人。しかし半数近くが非戦闘員で、度重なる戦いと空腹によって心労を抱え込んだこちらの劣勢は戦の中身を見る前に容易に予想がついた。
前回から更に数を増やした艦隊に向かった時貞さんが5分と経たないうちに私の前に姿を現す。個々のレベルが高くひとつ落とすまでに30分以上はかかるかもしれないという報告だった。
時貞さんが船上から主戦場へ能力を飛ばすことができるならば、三万の兵をかろうじて止めておくことは可能ですが、ひとつひとつが強力な故に発動範囲が狭い彼の能力を考えるとそれは不可能。時貞さんを陣地へ戻し防御の壁を厚くする。
船からの砲撃の威力も上がり防ぎきれないため、スクエアボックスで砲弾の入射角を変え、着弾点を一揆軍の後方部隊の箇所からずらした。
負傷の可能性は増えるが、COLの方が明確力の変換効率が良いためそのような方法を取らざるを得なかった。
これまでの比ではないほどに自陣から立ち上る苦しむ声。
戦いが終わる夕刻には辺りは死体で埋め尽くされていた。
その日、10,645人の農民達が死んだ。
四次侵攻は終わったが命の奪い合いはそこからだった。
一週間経ち、二週間が経ち、一ヶ月を過ぎても五次侵攻は無かった。
既に皆虫の息だったが幕府軍の斥候部隊の相手に悠々と休む心の余裕は与えられなかった。
そして何より食糧の問題が私達を苦しめた。
魚を獲ろうにも生き物のいないブラックアウトの世界ではそれも叶わず、海辺に打ち上げられた海藻を拾っては腹の足しにしていた。
クエストの体感を操作されているため、時の流れは他の皆と同じように感じていたが身体は現実世界の状態に依存しているため私が腹が減るということは無かった。
それは何故かクエストの住人である時貞さんも同じ。
故にその苦しみが分からず、腹を空かして飢餓で死んでいく仲間達に申し訳ない気持ちで一杯だった。時貞さんは弱っていく皆に、来る日も来る日も声をかけ励まし続けていた。
斥候による被害よりも飢餓で死んでゆく数が日に日に増えている。COLを使う間もなく首と腹を切られ死んだ者の遺体を埋めるため運んでいると、腹の裂け目から海藻が姿を覗かせる。それ以外空っぽの腹の内を見て己の無力さをまざまざと思い知らされた。
砂となって消えてゆく敵と違い、こちらの人間の身体は腐ちてなおいつまでも残り続けた。死臭が辺りを埋め尽くし、最初の頃こそ顔を歪めたものの、そのようなことも無くなるほどにその臭いに慣れてしまっていた。
四ヶ月にも渡って私の脳に蓄積された記憶が認知を歪ませ、ここがクエストの中だと分からなくなっていた。それほどまでに憔悴しきっていたのだ。私は皆と、このクエストと溶けて混ざり一つとなっていた。
そこから更に一ヶ月が経とうとするある日、漸く最後の知らせが届いた。その知らせを仲間に伝えるも、喜怒哀楽に充てる元気などはとうの昔に使い切っていた。
決戦は明日。
その夜私は時貞さんと共に皆の元を周った。
虚ろな顔を浮かべる農民達。しかし時貞さんが声を掛けると皆一様にその顔を晴らし笑顔を咲かせた。
「この先の戦いを恐れずとも皆にデウス様のご加護が御座います。例えその命が死せど天国ではその信仰心を讃え、祝福された魂が無上の喜びを永遠に享受するのです。」
時貞さんのほんのりと暖かいその言葉は希望となって、空となった皆の内をたぷたぷと満たした。
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