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立ち昇る命の光
その先で突如吹き上げる突風。その風で私達は上空まで飛ばされていた。
「そそくさと逃げ帰ったものでありんすからつまらぬ相手かと思うておりやんしたが、存外そうでも無いようでござんすね。」
相対するは先に見た三人。
「わちきは卑嬋。卑嬋花魁でありんす。」
「強者が戰場に揃うたのであればすることはひとつ。その身狂うまで踊り明かすのみでありんすえ。」
純粋な悪意を込めたその言葉が荒れ狂う風に乗って私達に吹き付ける。しかしその風は直ぐに止む。時貞さんが両手を前に伸ばし風の能力を発動させその風を打ち消していた。
嬉しそうに声を上げて笑うその人。
「心地よい風でありんす。ならばわちきも魅せねばなるまいな。」
そういうと卑禪は優しく唄い出した。
「陰る空に月出す風は まさしく覇王の如くなり されど流るるその筋は 柳に良く似た静けさを見せり」
【月出し “魅覇柳”】
仰がれた扇子。時貞さんが再度風を送り出す。「四郎さんあの箱を!」押し負けることを悟ったその言葉を察しスクエアボックスを私達の前に張る。その厚さは20cm。
敵を隔てたその壁は容易く割れ、そこから漏れた突風がとうに日の落ちた月明かり照らす空の端へ私達を弾き飛ばした。
全身に感じる鈍痛。COLの光が二人を包む。あの風の正体は個体の性質を併せ持つ気体?詳しくは分からなかったが殴られたような感覚からそれに近いものだと推測する。
瞬間移動し攻撃を仕掛けるも脇を固める劣と怯と呼ばれた二人によって防がれる。
命力は残り少なくなっていた。しかし能力の練度も実力も圧倒的に格上の相手に出し惜しみする選択肢は残されていない。
瞬間移動を連続発動させる。一度でも止まれば一撃の餌食に。それを喰らうのは死のステップを一段登るということ。これほどまでに連続発動させたことが無かったため、方向感覚が狂うのを時間とともに感じる。
二人の能力は恐らく身体強化系の能力とこの瞬間移動のみ。あとは手にした錫杖のような武器。あれも恐らく純粋な攻撃力強化の特性が付与されているだけで特殊能力があるわけでは無いでしょう。
しかし類稀なる武術のセンスでそれを何倍にも増幅させている。いくつもの武道の型を絡めた無駄の無い一連の動きは無数の手足があるような錯覚を覚える。
僅かな空きを縫いカッターで攻撃を仕掛けるも仮面を割っただけで身体にはその刃は届かない。
割れた仮面が落ち、目から下が空気に晒される。その口は左右に大きく裂かれ、広角が痛々しく上がっていた。
視界の隅で卑禪が扇子を上げる姿が目に入る。私が目を外した瞬間を見逃さなかった敵のみぞおちを突き刺すような一閃の蹴り。動きが止まった私を止まることのない迫撃が襲う。先の一撃の苦しさから能力を使う余裕など無かった。
「四郎さんっ!」
私を気に掛けた時貞さんも抜け出すことのできない敵の連撃に閉じ込められた。あちこちの骨が続々と圧し折られる音が聞こえる。
それからどれだけの時が経ったのだろう。敵の攻撃が漸く止む。時間にすれば1分ほどの出来事かもしれないが身体に響く痛みがそれを永遠に感じさせた。
既にCircle・Of・Lifeは消え、回復する術も残っていなかった。僅かばかりの命力は残っていたが、今更それをやりくりしてどうこう出来る相手ではないという事は痛いほどに身体が理解していた。
腫れ上がり満足に開けられなくなったその瞳には海面から立ち上る緑がかった青い光が立ち昇っていた。
本当に貴方は気まぐれですね。今度は“今”ですか───。
海面より立ち昇るその光は私の身体を包み込むと身体をその色へと染め上げる。
まるでそれは浅葱色の羽織を纏う在りし日の私の姿をこの戦場へ呼び戻したようだった。
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