20人が本棚に入れています
本棚に追加
□1月23日 23:10
新選組屯所 53階 五番隊組長室
デスクの上に置かれた浅葱色の羽織に目を向ける。
変わらなければ先へ進めない。
憂いの染み込んだ羽織から決意だけを取り出して部屋を後にした。
□同日 23:26
新選組屯所 46階 研究開発フロア lab-018
「付けてみてどんな具合ですか?」
「今の所は特に異常は無いようです。」
そう答えながら左胸に付けられた器具に触れる。
「はっきり言って現段階で完成率69%くらいなんですけど大丈夫ですか?」
「いえいえ、大丈夫です。こちらこそ昨日の今日ですみません。こんなことを頼めるのは研究班のリーダーである聖徳太子さんしかいなかったので本当に助かりました。」
「渡しておいてあれなんですけど使わないほうがいいと思いますよ?いや、ほんとに。」
心配そうに私の顔を覗き込みながら話を続ける。
「最初に相談受けたときにも忠告しましたけどその制命栓は元々、敵に取り付けて強制的にレベルや身体機能を下げる道具なんです。まだ試作の試作くらいの段階ですけど。それが天草組長の“レベルを強制的に下げられないか”っていう要望に結果的に当てはまっただけでリスクの問題はひとつも解決してませんからね?何より自身で取り外し出来ないので窮地に立たされたときにどうしようもないですよ?」
私なら大丈夫ですよ、ラボ内を忙しなく歩き回る聖徳太子さんをそう言ってなだめる。
頭を下げ今回の件に関して重ねて感謝を伝えてラボを出た。
「こんな時間まで仕事なんて随分お前らしくねぇな。」
廊下の影から冷えた声が響き副長が姿を現す。
「まぁ私もたまには──」
答える私の言葉を打ち消すように副長が言葉を被せる。
「わざわざ羽織を脱がなくたって、お前にくれてやる組長の席なんて今の新選組には残ってねぇよ。」
すべてを知った上での厳しい言葉が胸を刺す。
「天草。お前この世界で人が死なねぇとでも思ってた訳じゃねぇだろ。みんなで仲良くゲームクリアできる温い幻想でも思い描いてたか?
今回の犠牲は終わりじゃなく始まりだ。激化する動乱。これから先、未知のクエストやメビウスといった敵対勢力相手にこれ迄とは比較にならないほどの犠牲が出るのは確実だ。
お前に任せた仕事はその犠牲をゼロにすることじゃねぇ。ゼロにするためにどうするかを考えることだ。そしてその責務を背負ってるのはお前一人だけじゃなくあの日あの場所にいた俺や局長も同じ。
自分ひとりのせいで犠牲を出した、なんて傲慢な苦悩に思考を支配されてるようじゃこの先また同じような結果を生み出しその結果は先に進むに連れて悪化していく。
先を見据えることができなくなった“今”のお前は新選組にはいらねぇ。二度と屯所の敷居を跨ぐな。
と言いたいところだが。
今のお前自身を変えなきゃいけねぇって既に理解してるから新選組の羽織を脱いで行くんだろ?あぁ、お前んとこの隊のことは俺が見ててやるから安心しろ。」
先輩として見送りくらいはしてやるよ、冷たくも芯の温もりを感じる思いの丈をその明るい言葉でまとめた副長と共にエレベーターを降りロビーへと向かった。
声の無いどこか息苦しい静かな箱の中に振動音だけがやけに大きく響く。
到着音と共に扉が開く。
日中の喧騒を忘れるかのように人の影を失った空間から足音だけが聞こえる。ゲートまで歩く間も副長は口を開くことはなかった。
「──では、行ってきます。」
相も変わらず口を噤んだままの副長。
一呼吸おいてから副長に背を向け、フライシューズを起動させ飛び立つとその背中に向けて音が飛んだ。
「必ず戻ってこい。」
たったそれだけの短い音。しかしそれに乗せられていた長い言葉は音にせずとも心で理解できた。
その音に背中を押され私は夜空へと飛び立った。
最初のコメントを投稿しよう!