立ち昇る命の光

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「四郎さん、何か聞こえませんか?例えるなら虫の羽音のような・・・」 静寂を切り裂くように聞こえる鈍く細かい羽音。徐々に大きくなっていくそれを確認したと同時に宙に浮く氷瀑が弾け飛ぶ。 【狂粉ト羽(くるわことば) 参ノ翅(さんのはね) “去レ蠅(さればえ)”】 全方位に向けて放たれる衝撃波。弾き飛ぶ氷塊とそれによって私達の身体も吹き飛ぶ。 その爆心地にいる卑禪の背中からは新たな翅が。そして身体からも二相の腕が生えていた。 全てを出し尽くした成れの果て。僅かな希望さえも与えない実力の差に打ちひしがれる。 「ようざんす。充分でありんす。主さんらの力がこれで打ち止めということは充分に分かりんした。」 卑禪の足元の四畳半程が黒く塗りつぶされそこから生えるように黒い枠組みの障子が建てられていく。それは天井まで届くと四方と天井5つの襖が開かれ卑禪の姿を晒す。卑禪の6本に増えたその腕は黒く変色し全ての手に扇子が掴まれている。 「【狂孤独場(くるわことば) 枯屍(かれかばね) “常不死蝶(とこふしちょう)”】」 背中に生える6枚の翅と4本の腕が黒く染まる。その身は枯れるようにボロボロと崩れ始めていた。卑禪は足を崩してその場に座りこむ。 「果てまで飛んでお眠りなんし。」 左から右へ横一線に扇がれる6本の扇子。 ──っ! 衝撃を感じると同時に海水が身体を覆い尽くす。光も届かぬ海の底へと沈みゆく身体。口に流れ込む塩の味が、さっきまでいたあの上空から海面へ叩きつけられたことを知らせる。 立ち向かわなければ、という思いが微かに過りながらも、骨と共に折られた心がそれを拒んで海の底()を目指す。 そんな私の意に反して上昇していく身体。手に伝わる温もりが冷えた身体を勇気付ける。 暗く冷たいそこを抜けると肺が冷えた空気で満たされた。 「四郎さん!しっかりしてください!」 私を呼ぶその人の、時貞さんの目は光って見えた。それは比喩でも何でもなく希望の無いこの暗闇を照らすかのような煌煌と輝く二つの希望がそこには残されていた。 「時貞さん、ここまで追い詰められて尚も立ち向かおうとするのは何故ですか。圧倒的な格上、どう考えても勝てない。諦めたのならば死をもってこの苦しみは直ぐに終わります。その道もあるのではないですか。」 「四郎さん。僕だって怖くて怖くて堪りません。父親に意見することも出来ないような弱い人間です。ですが、私を信じて待っている皆がいます。信じてくれるから護る義務が生まれるなんて言いましたが正直に言えば私が護りたいから護るのです。人を護りたいことに大層な理由なんて存在しませんよ。それは四郎さんもよく知っているはず。さぁ行きましょう。僕は四郎さんを信じています。 益田・・・いえ。“天草四郎”、出陣です。」 そう言い残すと彼はまた死地へと昇っていく。 弱りましたね。よりにもよって年下に信じられたのだから護らないわけにはいかないじゃないですか。 望むところです。勝利を掴みに行きましょう。 「“天草四郎”、出撃です。」
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