【星の数ほど、ありふれてる奇跡】

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【星の数ほど、ありふれてる奇跡】

ホントにもう、なんなん? ホリイってば、もう。 どんだけオレに目がないん。どんだけ好きなのよオレのこと。 こないだホリイんちでテレビ見てたとき、クルマのCM見ながらオレ、ちょこっとツブヤイただけじゃん、 「サンルーフのデカいワンボックスって、よさげじゃない? シートに寝っ転がって夜空なんか眺めちゃったりしてさぁ」ってアクビまじりに。 オコタの中で足を伸ばして。インドアおたくのクセにズルいくらい引き締まってるホリイのオナカをシャツの上からツマ先でくすぐりながら。 ちょうどフタゴ座流星群のニュースやってたとき。そう、ベランダから見ようと思って、夜中になるのを待ってたのに。流れ星。 ホリイのオナカはオコタで背中丸めてプリンを食べてるときでもキレイに割れてたんで、腹筋のミゾをツマ先でナゾってタワムレてみたんだ。 そしたら腰をモジモジしはじめてさぁ、ホリイってば。とっときのクリーミィカボチャプリンを途中で放り出して、オレの方に食いついてきちゃったの。 もう。ホリイくんのえっち。……おかげで見逃しちゃったし、流星群。 そんで、今日。週末の超ビンゴな日に迎えたクリスマスイブ。 ホリイのヤツ、どうせ、いつもみたくボーッとしっぱなしでノープランのまんま、当日んなってアセって実家のケーキ屋に駆け込んで、お菓子のつまった靴下とキャラメルソース仕立てのブッシュドノエルをくすねてきて、ありあわせのリボンを巻いて申し訳なさそうにアタマをカキながらプレゼントしてくるんだろうなんてタカをくくってたら、まんまと予想を裏切られた。 キョトンとしてる間に押し込まれた、ピカピカの新車の助手席。パールホワイトのワンボックス。 年間走行距離5,000キロ未満のインドアライフのクセに、がっつりアウトバーン仕様のマニュアル4駆で。 天性の運動神経のおかげでドライビングテクニックは相変わらずピカイチ。暗闇の山道を危なげもなくスイスイ走ってく。 やたらと上機嫌なヘラヘラした横顔を見せながら。小高い丘の真ん中で停車する。 地元のクチコミスイーツじゃ決まって首位独走のホリイんちのブッシュドノエルの代わりに、山に入る手前のコンビニで買ったアツアツのおでんと中華まんがディナーってのは、ちょっと色気ないけど。 めいっぱいリクライニング倒してサンルーフごしに見上げる星空は、サイコーにロマンチック。こんなにサイコーに気のきいたサプライズ用意してくれてたなんて。ホリイのクセにナマイキじゃん? 「だって、こないだフタゴ座流星群、見れなかったでしょ? ボクのせいで。だから……」 ホリイは、デッカいカラダをすくめて、オトメみたいにモジモジした。 つか、なによ「ボクのせい」って、バカ。合意の上でイタしたことなのにさ、一応。まあ、いつもより、ちょっとばかり……ハゲシかったけど。 ホリイってば、夕飯にヤマイモ食べたから。タダでさえゼツリンなのに。まあ、でも、別に。オレだって気持ちよかったし。そりゃあ、次の日は腰がツラかったから。少しはイヤミもゆったけど。 なんつーか、ほら。照れ隠しってゆーか。ほら。あるじゃん、そーゆーの。もう。んなこと、ずっと気にしてたなんて。 そんなののウメアワセのために、ガラにもない4駆のクルマと絶景の星空をプレゼントしてくれるなんて。バカ。ホリイって。もう。そーゆーとこホント……可愛いんだから。もう。ムカつく。可愛すぎて。なんか。もう。バカ。ホリイのバカ。ホリイって。バカ。もう。 アイドリング止めてエアコンも切れてるはずなのに、やたらとホッペタが火照る……なんだよ、もう。 冬の夜は、見つめているだけで瞳の奥にシンシンと染み入ってきそうなくらい。キリリと鋭く研ぎ澄まされて。冷たい空気が澄みわたって。満天の星をクリアーに映し出す、とびっきりのハイビジョンディスプレイ。 「なあ、ホリイ……」 「なぁに、こぐまちゃん?」 「前にテレビでゆってたんだけどさぁー、……地球にニンゲンが誕生できた確立って、宝クジの一等に連続して何回も何回も当たる確立より、もっとずっと低いんだってよ。めっちゃスゴくね? なあ、ホリイ」 「うん。スゴいねぇー、こぐまちゃん」 「ぶっちゃけ、奇跡っしょ。そんな、ハンパない確立って。オレらが生きてるって、ハンパない奇跡ってことっしょ?」 「うん。そうだねぇー。こぐまちゃん」 サンルーフを見上げたまま。ホリイは、小さくうなずいて同意する。形のいいクチビルからもれるノンビリした声は、冷たい気温にさらされて白くかすんで。 出かけてくる前にホリイに着せられたブカブカのダウンコートのエリを、長すぎるソデの先っぽから引っぱり出した指先でカキ合わせながら、オレもまた顔を上に向ける。瞬間、視界をサッと横切ってった銀色のマタタキ。 「あ、飛んでった、流れ星! 見た、ホリイ?」 「うん。見えたよー、こぐまちゃん」 テンション上がったオレとホリイの白い息が、空中でフワーッと重なった。交じり合って溶けるみたいに。 「……いっぱいあふれすぎてて、空からこぼれて飛んでっちゃうのが出てくるほど、こんなに星はいっぱいあるのにさぁー」 「うん」 「そんなにハンパない確率をくぐり抜けないと生まれてこれないんだとしたら、やっぱ、宇宙人なんていないんかなぁー? なあ、ホリイ」 自分で言いながら、なんか途方もなくさびしい気分になってきちゃった。宇宙のスミッコで、なれあったりコゼリあったりしながらチョコマカとうごめいている、ちっちゃなちっちゃな奇跡。 途方もなく広い宇宙の中では、きっと、ブルーベリーのひとつぶよりもちっちゃい地球。 その上に生きているオレらなんて、ミジンコよりもちっちゃい、きっと。宇宙のスミのミジンコ。奇跡なんて名乗るには、あんまりにも孤独でちっぽけじゃん? 途方もなく、さびしい。 「うーん」 ホリイは間の抜けた声を出した。人がセンチメンタルな気分にひたってんのに。両手を伸ばしてノビをしながら、 「でもさぁー、こぐまちゃん。ボクも宇宙人だよ」 「はぁー?」 「だってさぁ、ボクらが今いるここだって、"宇宙の中"でしょ? 地球は宇宙の中にあるんだから。ボク、宇宙人。こぐまちゃんも宇宙人」 「おまー、そーゆーのヘリクツっつーの。オレがゆってんのは、他の星の宇宙人のこと。異星人!」 「あのさぁー、ボクね。学校の数学で分数ならったときにね。"約分"って、あったでしょ? 10分の5を約分すると2分の1になるっていう、アレ。ボクね、それって、なんとなく、どうしても、ちょっとナットクいかないんだよね。今でも」 オレには、ホリイの今のミャクラクのない話の流れの方がよっぽどナットクいかないけど。まあ、しばらくおとなしく聞いてやっか。 「たとえばね、"100分の1"の分数の分母が1万倍に増えたら"100万分の1万"になるのに。約分すると、100分の1に戻っちゃうなんて。ボク、なんか、やっぱりナットクいかないんだよね。"100万分の1万"の中の分子にあったはずの1万っていう数が、1に減らされちゃうみたいな。ボク、どうしても、そういう感覚がしちゃうんだ。九千九百九十九の"何か"がイッキにムリヤリ削り取られちゃったみたいな。最初からなかったことにされちゃうみたいな。だから、約分っていうの、あんまり好きじゃないんだ、ボク」 「"約分が好きじゃない"って……なんかシュールだぞ、ホリイ」 オレは笑って茶化したけど、でも、ホリイの言いたいことは、なんか分かった。 どんなにハンパない奇跡でも、あふれ出して流れ落ちるほどハンパない無数の星がつまってる果てしない宇宙の中では、日常茶飯事なのかもしんない。だろ、ホリイ? たとえば地球の上では"100万分の1の奇跡"が、広い広い宇宙にいったら"100憶分の1万"の中のひとつになるんだ。残りの九千九百九十九もの奇跡が、どこかにある。フツーにある。宇宙のあちこちに散らばって…… しょせん理数系とは縁遠い高卒ユトリ男子のアサハカなヘリクツだけど。けど、でも、そもそも、そんなハンパなく途方もない奇跡が、無限の星があふれる果てしない宇宙の中でただひとつ限り、たったひとつだけ、オレらの星にだけ、もたらされたなんて。 それって、なんか、ずいぶんウヌボレすぎじゃない? 「だいぶ冷えてきちゃったね、車の中。ちょっとエンジンかけよっか?」 ちっちゃく鼻をすすったら、ホリイがすぐに聞いてきた。 鈍感のクセに。オレの体調の変化にはオレ以上に目ざとい。……まあ、実際、オレのカラダを誰よりも酷使しちゃってくれてんのもコイツだけど。 オレは、シートにもたれたまんま「ううん」と首をふった。 「あ、また流れ星だよ、こぐまちゃん」 「え、どこどこ? どこだよー?」 オオゲサに声をはずませてみたのは、真っ白い2つの息が交じり合うのがなんかムショーに楽しくて。 ……だから、まだ、もうしばらくエアコン付けないでいて、ホリイ。 ホントにもう、なんなん? ホリイってば、もう。 どんだけオレに目がないん。どんだけ好きなのよオレのこと。 インドアおたくがガラにもない4駆のクルマに買い替えて。どこで調べたのやら、絶好の天体観測ポイントに連れてきてくれて。考えてみりゃそれだって、ハンパない奇跡。 オレのため。オレだけのためにホリイが用意してくれた奇跡のサプライズ。……って、オレもそうとうウヌボレすぎ? 時々あふれすぎて流れ飛んでく星の数ほど、奇跡は案外ありふれてる、きっと。 けど、今ここにある奇跡だけは、この広い広い宇宙の中でオレだけに起きてる、たったひとつだけの、とびっきりサイコーにスペシャルなサプライズ。 ×- - - - - お わ り - - - - -×
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