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月が満ちなくても
「店長、お疲れ様でした。」
シャッターを下ろす店長に僕は声をかける。
「お、お疲れ~。今日はごめんね。早番から遅番まで通しにしちゃって。助かったよ。」
「いえ、僕は助かりますけど、バイトがこんなに働いちゃって大丈夫でしたか?」
「総務には確認したから。一日くらいなら大丈夫だって。」
年始は体調不良者が増えるのよねぇ。年末で疲れちゃうんだろうけど…と言いながらシャッターの鍵を財布に入れて、主任に「お疲れ~」と声をかけている。
「昨日さ、ずっと回ってたの?付き合いで、百貨店。」
「そうです。昼には終わりましたけど、開店から入ってずっとうろうろしてました。」
「熱心でいいね〜。前にも、2日に北武デパートでばったり会ってさ、ここ数年はこうやって回ってるんですって言ってたから。前の店長にでも見て回るといいって教えてもらったのかねぇ。」
店長も駅に向かうらしく、話をしながら一緒に歩き出す。
「店長はこちらに何年目ですか?」
「俺は4年目。3年一緒に働いたかな?」
「僕が異動して来た時は2年目だったんですね。」
「そうそう、もうあっちは6年いたからさ、いろいろ教えてもらって。」
「店長が教えてもらったんですか?」
「そうだよ。なんでも知ってるんだもん。注意しなきゃいけないお客さんとか、青果の主任の弱点とか…」
「知恵袋ですね。」
ははは、そうそう、そんな感じ。
「でも、6年も異動ないって結構長いですよね。本人気にしてましたけど。」
「あーそれはさ…わかるよ。俺も。気にしてた?」
「他でいらないんじゃないかとか、言ってましたよ。」
「それは悪かったなぁ…。自信なくしちゃってた?」
「そーいうのは、あんまり。元々自信持ってる人じゃなさそうですし。」
「それはあるよね。あいつ、そこがもったいないけどいいとこよね。」
「はい…。でもなんで異動なかったんですか?」
「歴代の店長が手放さなかったの。言い方悪いけど、いるとすごく便利だから。便利?手がかからない、一個言えば二個やってくれる、みたいな。苦労してたけど、ここの昇進で大して仕事しなかった先輩方をごぼう抜きしたでしょう。」
「へー優秀じゃないですか。」
「優秀っていうか…気が利くからね、あいつ。上に立つには向いてないかもしれないけど、もしかしたら化けるかもしれないよ。年末の数字良かったみたいだし。」
「俺も手元に置いておきたかったんだけど、エリアマネージャーになった前の店長が本社の方に連れてきたいって…いや、俺ももう推薦してもいいかと思ってたけど、あとちょっと一緒にと…」
「それは、残念でしたねー。」もう僕のもんだし…
「ん?なに?」
「いや、あ、あー店長。あの、あの月の名前ってわかります?」
「え、満月でしょ?」
「いや、今日もまだ満月じゃないです。満月になるのは、明日か明後日くらい?」
「知らないな。得意のあれで調べたらすぐ出るんじゃない?」
店長はスワイプの手つきをして笑う。
「そうですねー。帰ったら調べてみます。」
僕も手をシュッシュッとして笑う。
「じゃあ、俺、駐車場に車停めてるから!」
おつかれーと再び言って店長が去っていく。
あんた、自分が思ってるよりずっと。
明るい場所で輝いてもいい人だと思うけど。
でもあれか。
きっと、満ちていない月夜の方が好きなんだろうな。
月が満ちなくても おわり
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