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薬草を採取し帰る途中、雨がふりはじめた。
森にはキマイラがでるため、どこかで雨宿りする猶予はなかった。
しばらくすると、雨は細かくなり、霧になった。
方向感覚がつかめず、迷子になった。太陽はすでにかげりをみせ、夜が近い。
ぼくは木陰に身をひそめた。葉から雫がこぼれ落ち、切ない音があたりをおおっている。
陽の木の弓が濡れないよう、ぼくは上半身で囲った。
目をつむると近くの木の葉がさざめき始めた。
遠くで獣の雄たけびがきこえた。
目を開ける。
霧のなかをうごめく、巨大な影をみた。
「……」
それはすこしずつ近づいてくる。羽が空気を切る音がする。ヨダレを含んだ、唸り声。心臓が高鳴った。いつのまにか、キマイラがすぐそばにいた。
その口にはナイフのように鋭利な牙がいくつもある。いくつもの獣の頭部をもち、各々の口元からヨダレが噴出している。一角獣の角、ガーゴイルの爪、グリファランの翼。胸元からつきでたスナメリの頭部、羽イルカの嘴、……ほかにもぼくのしらない獣たちの体の部位が、まさに適当にくくりつけられている。
キマイラは腹をすかしているのか、荒い呼吸を孕ませながらちかづいてきた。
ぼくは歯がカタカタと鳴るのを抑えながら、弓をかまえた。
キマイラには数個の目があったが、そのどれもがぼくをみつめていた。
矢を弓につがえ、ぼくは中心にあった赤い目に照準をあわせる。だが、霧がぼくの指を濡らし、矢は滑り落ちてしまった。
あわてて次の矢を手にとった時、キマイラはぼくから背をむけて歩き始めていた。
けっきょくぼくは、一晩を木陰にかくれてすごした。
森に生えていたキノコで空腹をおぎなった。
寝つくことはできなかった。常に気がたかぶり、とおくの葉のかすれた音すらも敏感にとらえた。
翌朝、雨はやんだ。
ぼくはどうやら、森の脇道に入っていたようだ。いつもの道に戻ろうと苦労していると、大樹のある湖にたどりついた。
透き通った青い水が満ちている湖だった。ぼくがちかよると、掌サイズの魚が水中の泥をくゆらせて四方へ跳ねた。
ぼくは手でお椀をつくると、勢いよく水の中につっこみ、水を喉のなかへかきいれた。乾ききった喉を潤したあと、顔を洗った。
高ぶった神経はおちつきをとりもどし、冷静にあたりを観察する思考回路をえた。湖畔にあった大樹へ目を向ける。
二階建ての家くらいはあるだろうか、その木に備わっている枝は立派で、寝転ぶこともできそうだ。いくつもある枝の生え際の中心には空洞があった。その空洞に押しこむ形で、木の箱がある。とても大きな箱だ。牛三頭くらいは余裕で入りそうだった。枝に抱えられる形で、その箱は木から落ちずにそこに乗っかっていた。
ツリーハウス。
そんなものがあると本で読んだことがある。木に家を作り、そこで生活するのだ。
この箱は自然で作られたものにはみえない。それなら、だれかが住んでいるのだろうか。
ぼくは大樹の反対側へまわりこんだ。まわりこむ途中、その箱へつづく梯子をみつけた。木製の扉もあり、そこから出入りできるのだとしった。
「あら」
箱には丸い穴が開いており、少女が顔をのぞかせていた。ほっそりとした、それでいて滑らかな線をえがく上半身をもっていた。キレイな長髪を携えた、美しい少女だった。その両手でピンクのクマのぬいぐるみを抱きしめている。
みていると、耳の横が陽の光でキラリと光った。花の髪飾りをつけているようだ。
ぼくの姿をみるなり、スゥと目を細めた。
「迷子のかた? ドロボーさんにはみえないけれど」
黄色いカナリアが青空からおりたつ。ピピとさえずりながら、穴から箱の中へと入り、少女の肩に乗った。
そのまま嘴にくわえていた赤い木の実を少女の口へ移す。
少女は咀嚼した。
「おいしい。ありがとうね」
やがて、ゴクンと喉がうごき、少女は微笑んだ。
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