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「病気が、治った?」
アサナギはその目にあやしい光をやどらせて、ぼくをみつめている。
「それなら、ぼくのこの病気も?」
「さぁ? どうかしらね。でも試してみる価値はあるんじゃない? とはいえ、白い木の実はそれなりの大きさがあるし、雪原は寒いわ。雪もふっている。私のお友達では厳しいものがあるの。ムクドリでは無理でしょうね。ここまで運んでもらうのに、羽イルカまたは首切鴉、鷲、もしくは……キメコなんかにお願いする必要があるかもね」
「羽イルカと首切鴉は……ダメだろ」
双方とも危険な肉食動物だ。人二人分ほどの体躯をもった彼らは、空から忍び寄り、人や牛の肉を喰らう。この近郊には棲息していないはずだが、遠くの山へ宝石をさがしにいったトレジャーハンターが襲われる事例が後をたたない。害獣として指定し、専用のハンター部隊を育成しているとの情報もあった。
「彼らも悪い子じゃないんだけどね。人のせいで食べる物が減っているのよ。マスターからしたら、ハラワタ煮えくりかえる話でしょうね」
アサナギはため息をついた。
「私の知り合いに、年老いた鷲がいるの。彼に頼めば若い鷲を派遣してもらえるかもしれないわ」
「キマイラには頼めないんだ?」
「キメコは今いそがしいのよ。それに、マスターが納得するとはおもえない」
「それもそうか」
ぼくはすこしだけかんがえて、しずかに首をふる。
「ぼくのことはいい。ぼくは来年、兵役だ。ぼくは間抜けでノロマだからね。きっと『灰色の金縛り』があろうがなかろうが、きっと長生きできない。戦死するのが先だろう。それよりも、ぼくの母さんのためにその木の実をとりにいってくれないか? もちろん、お礼はするよ……お金はあんまりないけど」
「お金? そんなのいらないわ」
アサナギは目をスゥと細めて、微笑んだ。
「トオル。さっきあなたがいったこと、撤回しなさい。あなたは戦死してはいけないわ。かならず生きて私のまえに帰ってきなさい」
いつものアサナギとくらべて、彼女の表情には余裕の欠片もなかった。ぼくはその切実な願いに面喰らい、すぐに返答ができなかった。
「それは」
いつのまにか、空には黒い雲がかかっていた。
湿った風が空から吹きこんでいる。そろそろ雨がふるかもしれない。
アサナギは微笑んだ。
「私とお友達になってくれる? お礼の代わりに、それでどう?」
ぼくはうなずいた。
ぼくたちはそのあと、老鷲と会う日について段取りをまとめた。鷲はウサギの肉が好きらしいので、ぼくに狩りをしておくようアサナギはいった。
「わかった」
鷲と会う日は決まった。
彼女はヒバリをつうじて、山に伝令を送るという。
やがて、ポツリポツリと雫がぼくの鼻をうった。
雨がふりだしたのだ。本降りになるまえに、家に帰りたい。
「今日はもう帰るよ」
ぼくが声をかけると、アサナギは両手で頭をかかえて、目をつむっていた。
「どうした?」
「……小鳥たちが、なにかをみているの」
アサナギはトリノメをおこなっていた。その表情はすこしずつ曇ってゆき、眉をしかめ、唇をギュッと噛んだ。やがて、光を失った瞳をその目に浸して、彼女は瞼をあげた。
「トオル。すぐに町に帰りなさい。今ならまだ間に合うわ」
「なにをみたんだよ」
「馬があなたの町にむかっている。キメコによって、あなたの町の兵士は全滅したみたいね。その報告」
「全滅……?」
すぐには信じられなかった。だが鬼気迫るアサナギの表情からして、冗談をいっているようにはみえない。
「町の内部に内通者がいるとあなたの町の上層部はにらんでいるみたいね。じゃないと、ここまで一方的にやられるわけないって。そのプライドの気高さだけは、ダイアモンドもびっくりでしょうね」
「内通者か。そんなのがいるのか」
「それがあなたよ」
「は?」
意味がよくわからない。
「おそらく、トオルがキメコと話しているのをだれかがみていたのでしょうね。町の人たちはトオルの一家を皆殺しにしろ、母親を殺せって怒り狂ってる」
「そんな……理不尽すぎるよ」
「だから、いそいで家にもどるの」
「わかった」
ぼくはアサナギに背をむけた。アサナギは「ア」となにかおもいだし、ぼくを呼び止めた。
「赤いマントの男に気をつけて」
「ン?」
雨は先ほどよりも強くなり、湖面を打つ音が激しくなっている。水鳥たちはどこかへ姿をかくしていた。
「あの人は、あなたの仲間なんかじゃない」
「……」
「さっきの約束、おぼえているよね」
「あぁ。おぼえているよ」
ぼくはキタトリの町へむけて駆けだした。
「またね」
森を駆けながら、赤いマントについてかんがえる。
ぼくはすぐにおもいあたった。
だけど、時はすでに遅かった。
藪からピストルの銃声がひびいた。
黒いものがぼくの視界をみたした。
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