生キ接木<イキツギ>

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「トオル……。あぁ、いきててよかった」  ぼくの顔をみるなり、母さんは破顔した。  ぼくは森で迷子になったことを話した。 「そう……。でも、無事で何よりよ。最近は森でキマイラがでるというでしょう? 食べられちゃったんじゃないかって」 「ぼくは痩せているから食べてもおいしくないだろうね」  キマイラにあったことは伝えなかった。 「家には誰もこなかった?」  母さんは首をふった。 「皆、うつるのが怖いのよ」  『灰色の金縛り』が伝染病でないことは、町の多くの人はしっている。皆、ぼくたちとかかわりたくないだけだ。  ぼくは薬缶に火をつけ、お湯を沸かすことにした。森で採取した薬草を使って、鎮静剤を作るためだった。水の残りが少ない。あとで町の中央の井戸まで汲みに行く必要がある。 「母さん、お腹すいてない?」 「大丈夫。うごかないから、体力を使わないのよ」  母さんは布団に横たわったままいった。  湯が沸くまでの間、ぼくは戸棚をあけてパンをとりだし、サンドイッチを作ることにした。 「でも、食べないのはよくないよ」  部屋には濁った空気が充満しており、ぼくがいない間、換気をしてないことがわかった。窓をあけると、町の中央から市場のよびこみがきこえた。 「ぼくの鎮静剤が余ってる。これを飲んで、食事にしよう」  トマトとベーコンとレタスを食べやすいサイズに切る。それをパンの間にはさみ、簡易的なサンドイッチができあがった。  ぼくはお皿にサンドイッチを置き、水の入ったコップと共に母さんの布団へもっていった。母さんに鎮静剤を手渡す。 「飲んで」  これを飲まないと食事をするのも苦行になる。 「ありがとう」  母さんが薬を飲んだのを確認し、ぼくはサンドイッチをてわたした。 「昔、母さんが作ったサンドイッチはもっと見た目がかわいかったよね」 「トオルのもかわいいわよ」  母さんはサンドイッチを食べながら、微笑みをうかべた。 「おいしい。トオルも食べなさい」  途中、母さんはせき込んだ。ぼくはコップに水をつぎ、母さんにわたした。 「ありがとう」 「薬、もうすこししたらできるから」  母さんは胸をおさえていた。  『灰化』がもう肺のあたりまで進行しているのだ。  最初は足が、その次に股が、お腹が、……下半身から徐々に蝕まれていく。ぼくも当事者であるから、その恐怖はよくしっていた。  最後は脳を灰に乗っ取られるのだ。  ぼくは母さんの背中をさすった。 「トオル……、あなたは、大丈夫?」 「ぼく?」 「この頃、あなたも咳をしているでしょう?」  深夜のことだろう。  ぼくは母さんとちがって、夜の方が灰化の痛みが激しかった。 「ぼくは大丈夫だよ。安心して」  空笑いをうかべる。  『灰色の金縛り』は遺伝する可能性のある病気だ。衰弱が酷な時、母さんはぼくにむかって嘆いた――「産んでごめんね」と。  出産は生物の力だ。  だが、ぼくの下半身はすでに生物としての役目がない。  ――自然に近い存在なのね。  アサナギの無邪気なことばをおもいだす。  それであるなら、ぼくは果たして生物なのだろうか?  水を汲みにいく途中、カゼユキにであった。 「よぉ、トオル。きいたか? 今度、キマイラ討伐部隊ってのができるんだって」 「無謀だろ……。食われるにきまってる」  カゼユキの話では、最近、キタトリの町近辺にまでキマイラがきていたらしい。近日、隣町と外政をするらしくその時に脅威にならないよう、駆除するようだ。 「王の国から散弾銃が届いたらしいんだよ。キマイラ討伐のためにって」 「本当か?」  キタトリの町はよその町とくらべて技術が未発達であった。  そのため、銃がなかった。弓と竹槍を用いた、歩兵戦術が主であった。 「昨日、酒場でガナードのオッサンが偉そうに撃つマネしてたぜ。『これでキマイラを討伐して、ワシは町の英雄となる』とかいってた。あのデカい指でトリガー引けるのかね」 「キマイラがいなくなれば、すこしは薬草探しが楽になるね」  キマイラになぜか襲われなかったことは、カゼユキにもいえない。  カゼユキはあたりをみわたし、声をおとした。 「なぁ……トオル。今晩、保政官の方が酒場にくるんだと。おまえもどうだ?」 「ふふん」  保政官になれば、兵役を逃れることができる。カゼユキとしては名を売りたいのだろう。 「ぼくがいくと皆が嫌がるだろう。水汲みにいく途中なんだ。また、訓練の時に」 「あ、そう」  カゼユキと手をふってわかれる。  広場で冷たい視線をあびながら、水を汲んだ。
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