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その夜、町の広場では宴があったようだ。
風にのって、芳ばしい肉の香りがただよった。
「イノシシの肉の鍋だ。オマエの分ももらってきてやったから、食え」
保政官との会合をおえたカゼユキが鍋の入ったお椀をもってきた。
ぼくと母さんの二つ。ぼくはちいさくお礼をいって、お椀を受け取った。
「ガナードのオッサン、病院送りだって」
「オ、キマイラとの戦いで名誉の負傷かな?」
「いや、銃を試射する時、弾かれたレバーが瞼にあたったらしい。すごい腫れてた」
「あ、そう」
カゼユキは痛がるガナードさんの物まねをしてみせた。
「どう? コネの方はみつかりそう?」
ぼくはお返しとしてジュースの入ったビンをカゼユキにわたしながらきいてみた。
ゴクリと一口飲んで、カゼユキはちいさく唸った。
「どうかな。まぁわかんねえわ、ボチボチやるだけさ」
「ぼくもカゼユキのように話し上手だったらなぁ。外交や政治もうまくやれるだろうけど」
「トオルの作る野菜、俺は好きだぜ。トオルはコンソメスープ屋でもひらけばいいんだよ」
カゼユキはジュースを飲んで家に帰った。
夜、『灰色の金縛り』はぼくを眠りの神からとおざけた。くらやみで耳をすまし、隣の母さんの部屋をみる。物音はない。母さんはきっと、眠っているはずだ。母さんは夜に愛されているから、灰化の痛みから守られている。
鎮静剤を一口飲むと、すこし楽になった。だけど、目は冴えてしまった。
布団に横たわっても、目の奥がギンギンと熱い。きづけば汗だくになっていた体をさまそうと、ぼくは布団から起き上がる。
部屋の戸棚にかけてある陽の木の弓を手に取り、裏庭に向かった。
家の裏庭には畑がある。玉ねぎと大根、それからジャガイモが植えてある。父さんが生きている時から大事にしてある畑だった。すこし雑草がふえているから、近日草抜きをしたほうがよいかもしれない。
畑の奥に、一本の大樹があった。大樹には父さんが作った、弓の練習用の的がある。今宵は月明かりがキレイな夜だった。月の光をうけた白い的が、暗闇のなかでほんのりとうかびあがっている。
家のすぐそばには倉庫があり、もう使われなくなった矢がいくらでもころがっている。ぼくはそのうちの数本を矢筒に入れた。
畑を挟んで、的の対岸に立った。
ぼくの背後には家が、前には林と大樹がある。
どこかでフクロウが鳴いているようだった。
ひとつ深呼吸をして、矢を弓につがえた。
風がふく。ぼくの前髪と暗闇にひそむ木の葉をゆらしていった。
矢は的にはあたらずに、奥の林へときえた。もう一度矢を放つ。次は的にあたったけど、中心からは大きく外れていた。
練習しているうちに、月は夜空のてっぺんにあった。首をおおきくあげ、目線をまっすぐ上にしなくては、見ることができない。
満月であった。
的をかけた大樹のそばには、梯子がころがっている。
ぼくは梯子を大樹にかけて、一本の大きな枝へとのぼった。この枝は丈夫で寝転べるほどに大きかった。
昔、父さんがこの枝ともうひとつの枝をつないで、ハンモックをかけようとしたことがあった。だが、父さんは不器用だったので、作業の途中でおちてしまったのだ。
ぼくは枝に寝転んで空をみた。
空はどこまでもつづいていた。
満月のそばを大きな黒い鳥がとんでいる。どこにいくのだろうか。アサナギはアイツとも会話できるのだろうか。そうであるなら、行き先に検討がつくかもしれない。
目をつむり、鳥の行く先をおもいうかべる。
彼らは自由だなぁ、と当たり前のことをおもう。
どこにでもいけて、どんな景色もみることができる。
キマイラや害獣を入れないため、ぼくたちの町は木製の壁でおおわれていた。ぼくたちは外を恐れて、この壁に閉じこめられるようにしてすごしてきた。安全と幽閉は紙一重である。海をしっている町民が、どれだけいる? 真っ白な雪原を駆けるシカの美しさを知っている人が、この町にいるのか?
ぼくたちは鶏小屋の鶏じゃないのか?
アサナギ、君は鳥たちと会話をして、なにをきいた?
「……」
明日、アサナギのところへいこう。
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